件の転校生との初対面は、それから二週間後のことだった。

(あっつ……)

 夏休みが終わり、二週間。
 九月も半ばに入りながら、夏を引きずったような暑さは一向に変わらない。校内でも長袖と半袖の比率は半々で、季節の変わり目特有の風景があちこちで見られていた。
 暑さに弱い堂上は、タンクトップに半袖シャツを羽織った格好がこの季節のデフォルトだ。軽い校則違反ではあるが、そもそもちゃんと制服を着ている奴らの方が少ないので問題はない。教師も見て見ぬふりだ。

(サボってーても何も言われねえしなあ)

 聞いた話では、法にさえ触れなければ大概のことはお咎めなしだという。さすがに大げさな気がしなくもないが、あながち間違いでもないのが八坂北生の残念なところだった。
 おかげで周囲からの評判はすこぶる悪く、あることないこと噂されることもしょっちゅうだ。――まあ、見た目からしてガラの悪い連中もごろごろしているので、仕方ないといえばそうなのだけれど。

「……ひっま」

 中庭のベンチに腰掛け、購買で買ったパンをかじる。昼休みも終わりに近いため、あたりに人影は見当たらない。特にこのあたりは素行不良の三年がたまり場にしているとあって、まともな神経を持った奴らならそもそも近づくことすらしない場所だ。
 しかし残念なことに堂上は、その素行不良な生徒の一人だった。
 授業開始のチャイムを他人事のように聞き流し、最後の一欠けらを口にほうり込む。昼食に買ったパンは甘ったるく人気のないジャムパンだった。四限を睡眠に使っていたため、昼食争いに出遅れたのだ。
 幸い、知らない三年から譲ってもらったから揚げ弁当も食べてはいるので、腹の虫が鳴くことはないだろうが。

 ――知らない人から物を貰っちゃいけません。

 子供のころ誰しもが言われたことだろう。けれど今の堂上はそれを忠実に守るほど良い子ではない。名前も判らない三年に感謝しながら、その弁当は遠慮なく早々に平らげていた。
 時折、あることだ。困っていると口にしたわけでもないのだけれど、気がつけばそれらは、どこからかスッと堂上の前に差し出される。まるでそれが当然とばかりに。そして彼らは、何故か堂上に見返りを求めない。
 ……そういうとき、現金だろうが何だろうが、あれと知り合いで良かったと思うのだ。
 部活動がまともに機能しているのか不思議なうちの高校で、写真部の部長をしている物好きな三年。ここをたまり場にしているメンツの、リーダーでもある。
 彼と親しいことにより、堂上は周囲の人間から彼と同じような扱いを受けていた。

(……そういや今日は見ねえな)

 派手ではないが目立つ顔は、いつも自然と目に入っていたのだけれど。
 今さら気づいた事実に、元より低かった気分がさらに降下する。姿が見えないということは、そもそも登校すらしていないのだろう。これでは呼び出しても拒否される可能性の方が高い。

「……ひっま」

 無意味に繰り返す。ちなみに今日は植松もいない。家で何やらごたごたがあったらしく、昨日から休んでいた。
 授業に出るという選択肢はもはやなく、かといってどこかへ遊びに行く気力もない。校舎に戻れば空調も効いていて快適だろうが、下手に動いて見つかるのも面倒だった。
 となれば結局、辿り着く答えは一つだ。

(………………寝るか)

 どうせやることもない。放課後になれば、誰かヒマそうな奴が捕まるだろうか。そんなことを考えながら目を閉じたところで――。

「………………うわっ」

 と後ろから派手な叫び声がして。
 堂上の昼寝タイムは、ものの数秒で終わりを告げた。

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