一日の終わりに尋ねたのは、当然のように彼女の部屋だった。
* * *
(……疲れた…)
――結局、あれから。
いなくなった新入生を探し、高野と走った。見つけたのは、高野が彼を見たというあたりからそう遠くない場所だ。
ちなみに長谷に関しては、……結論から言うと間に合わなかった。いや、先に見つけ、その場に引き止めてくれていたのだと前向きに考えるべきか。
得意のはしゃぎっぷりを初対面の人間に披露した長谷は、案の定、思い切り引かれていた。そんな彼を高野が引き剥がし、おののく新入生を宥め。
連れ帰った彼を落ち着かせるために、今夜は一人の方がいいだろうと余った部屋を大急ぎで掃除して宛がった。そうこうしているうちにいつの間にか夜は更け、遅い夕食を食べ終わったころには、寮では消灯時間を迎えていたわけだ。
それがつい一時間ほど前のことになる。
「――で。結局その子とは何も話さなかったと」
心底ばかにしたように、先輩――葵は言った。
「相変わらず、あの子に関してだけは滅法弱いのね。薄っぺらい紙メンタルにもほどがあるわ」
「…………」
「連絡もなしにいきなり来るんだもの。てっきり何かあったのかと思った。馬鹿みたい」
「ああもう、自分でも判ってんだから言うな、馬鹿」
視界を覆っていたネクタイを解きながら、身体を起こす。額や頬に張り付いた髪が鬱陶しくて嫌になる。明日からの寮生活を考えると、苛立ちは更に募った。
「……とりあえず」
上に乗ったまま動かない葵を、無言でその腰を掴み引き上げる。抵抗しないのを良いことに横へ動かすと、ベッドの空いたスペースにそっと下ろした。床に散らばる服を拾い上げ、彼女に渡す。
「はい、どうぞ」
「…………ありがとう」
受け取った服を持ち、葵が風呂場へと消える。それを見送りながら、珂瑞もワイシャツに腕を通した。
昼から一息つく間もなく動き、終わったあとは着替えもせずやってきたので制服のままだ。風呂については――葵のところで借りた。
第三は少人数の寮故に桜や楓とは違う造りをしているが、そうは言っても風呂場やトイレはもちろん共用だ。しかしうちには例外があり、個室にそれらがある部屋が複数、存在する。葵の部屋がそれだった。
基本的には訳があって肌を人目に晒すことが出来ない者、もしくは抵抗がある者が、その部屋に割り当てられ使用する。けれど今期はそれに該当する生徒がいないため、ならばと寮長権限を発動した彼女が一人で使っているわけだ。
「お先」
入って数分で早々に上がってきた葵が、髪を拭きながら珂瑞に視線を寄越す。珂瑞も浴びてこいということだろうが、生憎とそんな気分にはなれなかった。
汗で張り付いた髪が鬱陶しいと思っていたのは、ほんの数分前のことであるというのに。
「………………」
「別に入らないなら入らないで良いけど」
「……」
「やっぱり馬鹿ね。黙ってないでさっさと吐き出せば?」
呆れたような言葉と裏腹に、こちらが何も返さずとも珂瑞の隣へ腰掛けた葵はやはり優しい。こればかりは相手が珂瑞だからこその行動だろうが、そうでなくとも彼女は、近しいものには基本的に甘い人間だった。
ただ、少し判りづらいところが難点ではあるけれど。――そして珂瑞は、彼女のそんなところが好きだった。
迷った末、結局はその優しさに甘えて口を開く。
「………ぃ、んだよなあ」
「は?」
「判らないんだよ……」
そう。口に出してみてようやく、はっきりする。珂瑞は、判らないのだ。
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