「…………」

「ごめん」

 行きと比べて微妙に汚れて帰ってきた岩倉は、およそ先輩に向けると思えない目で、尊を見――いや、睨んでいた。

「先輩……」

「……いや、すみませんでした」

 岩倉の目がカッと開く。

「その場でしたばかりの会話を忘れるか普通!?」

「ご、ごめん。いや本当に!」

「――俺は一年の前でこけた」

「…………ごめん……」

 ……これではどちらが先輩で寮長か判らない。

「おーい、そろそろいいか」

 食堂――といっても大した規模ではないけれど、入り口にもたれたままタイミングを見て声を掛ける。あれから数分後に戻ってきた岩倉は、新入生たちを高野に任せると、後輩から借りたらしい寮生活のしおりで真っ先に尊をに引っぱたいた。
 あれでいて尊の扱いについては岩倉が一番、酷い。

「高野さん! ごめん、任せちゃって」

「いや。新入生、食堂に押し込んだだけだし。そもそも動いてたのはほとんど長岡だけどな。――それで結局、何があったんだ?」

 先に帰ってきた長岡は何も知らないようであったし、尊は例によって今回はあまり使えなかったので、初めから彼には訊いていなかった。
 ちなみに長谷はここにいない。岩倉に何か頼まれたらしく、汚れたジャージを着替えもせず嬉々として出て行ったままだ。

「新入生が一人いなくなった。集合場所自体は体育館から出てすぐだから迷うようなところじゃないし、多分――」

「……逃げたか?」

「かな。どちらかというと真面目タイプらしい。隣に座ってた奴の話しか訊けてないけど、眼鏡を掛けたくら……口数の少なそうな子だそうです」

 おそらくその一年は、率直に暗いと言ったのだろう。

「てことは、早くもホームシックか?」

「外部生かな?」

 多少は復活したらしい尊が、声を上げる。岩倉がそれに頷いた。
 中等部からの持ち上がり組は平気だろうが、外部から入ってきた生徒のなかにはホームシックにかかる者もそう少なくない。
 さすがに入学式が終わった直後というのは早すぎる気がしなくもないが、第三寮に入る生徒となれば話も別だろう。
 そもそもそういった事態を防ぐためにわざわざ一つに集めて案内しようという話になったのだ。――とそこで、気づく。

「あ」

「? 高野?」

「……やっべえ、俺そいつ見たかも」

 えっ、と驚く岩倉には返事をせず、先ほど見た生徒の容姿を思い出す。
 顔を伏せていた上、遠目だったため眼鏡をしていたかどうかは判らないが、あれは制服を着ていたはずだ。始業式は入学式と一日ずらした明日なので、この時期に制服を着ている二学年以上の生徒は少ない。時間的にも一致する。

「どこで!?」

 予想外に大きな声が出たのか、岩倉が慌てて口元を押さえる。すぐ後ろは食堂だ。聞かれて困る話ではないが、わざわざ聞かせる話でもないだろう。
 声を聞きつけたのか、長岡がひょこりと顔を出す。

「――どういう状況?」

 答えたのは尊だ。

「もしかしたら、あっさり解決するかもしれない状況? 何とかなりそうだし、待たせてるから俺は食堂のほう行ってくるね」

 大部分を省略した簡潔な答えだったけれど、長岡は気にした様子もない。
 入れ違いに食堂へ向かった尊を引き止めることはなく、なら自分に出番ないかと聞く相手をあっさり岩倉に変えた。

「そうだな。高野さんと俺で行くよ。どのあたり?」

「校舎の方の花壇。まだそこにいるかは判らないけどな――……ちょっと待て、長谷はそいつ探しに行ったのか?」

「え、ああ。一応特徴を書いたメモだけ渡しておいた」

「……大丈夫か?」

 問うたのは長岡だ。

「いや、大丈夫だと……嬉々として出て行ったっていうのが気にはなるけど」

「メモ持ってるならなんとかなるか? あれでいて言われたことはする奴だしなあ。下手すりゃもう見つけてる可能性もあるだろうが……」

「あー、そうじゃなくて……というより状況がしっかり把握できてないから、なんとも言えないけど。
 今日、入学式だろ。まだ外にいる一年もいるだろうし」

「「?」」

 ――俺らはともかく初対面の子と高野さんなしの長谷はキツくないか?

「……」

「……あ、やべえ」

 そっちは忘れていたと固まる高野。対する岩倉の行動は早かった。

「行ってくる……」

 岩倉が校舎に向かって飛び出していく。高野は思わず頭を抱えたくなったが、耐えて彼の後に続いた。

「長岡、悪いが俺の部屋の掃除頼む!」

 返事はなかったが、――了承したように手を振る彼の姿は見えた。



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