中学までは普通に公立。しかしあまりに馬鹿だったために、高校は公立を断念した。そして代わりに入ったのが、むさい男だらけの――つまりは男子校である。
夏休み前の席替えで手に入れたのは、中央列の最後尾という良いのか悪いのかよく判らない席だった。
窓際でなく廊下側でもなく、中央列の最後尾。見晴らしは、いい。そのため誰が何をしていても一発で判る便利な位置ではあるけれど、堂上は生憎、どこかの友人とは違い人間観察なんて悪趣味を持ち合わせていなかった。
まあ、実際は授業の邪魔にさえならなければ注意を受けることもそうない。そのためどこに座ろうが何をしようが、席の位置など大した意味をなさないのだけれど。
そう、授業の邪魔にさえならなければ、のはずだ。
(……うるさっ)
九月二日、晴れ。
心地好い温度に眠気を誘われ、居眠りでもしようと顔を伏せたまでは良かったと思う。腕を枕に動かず数秒。――いつもならこれですっかり夢の世界だというのに、今日はそうもいかないらしい。堂上は悪態を吐いた。
始業式の最中にも関わらず、休み明けで沸いてしまった彼らにそんなことは通じないのだろう。そもそも静かにしようという考えが頭から抜け落ちてしまったらしく、静まる気配は一向に見えない。隠しもせず堂々と漫画を読み漁るわ対戦ゲームで盛り上がるわ、もはや完全な無法地帯だ。
見れば、担任も担任で隅に避難し椅子に座って読書中。授業でもないので、早々に諦めてしまったのだろう。
――何ここ小学校?
寝ようにもうるさくて眠れやしない。呆れながら、しかし所詮はうちの高校だと諦める他なかった。
どこのクラスもある程度の騒音なら日常茶飯事だ。生徒にしろ教師にしろ、多少、神経が図太いくらいでないとやっていられない。
あーあ、PSPでも持ってくりゃ良かった。軽く後悔しつつ机の上に足を上げる。ヒマを持て余した堂上に植松が話しかけてきたのは、そんなときだ。
「……転校生ぇ?」
唐突なそれに、うっかり語尾が上がってしまい気持ち悪い声が出る。イントネーションはてんこーせぇ?、だ。
どうでもいいけれど。
「そ」
なんて短い肯定をこちらに寄越しながら、しかし植松の視線は右手の携帯から逸れることはない。指の動きからしてメールでも打っているのだろう。
話題を振ってきた割には大して興味のなさそうな友人に、堂上は少し呆れながらも話に乗った。
「……で? どんな奴?」
「カッコイー系の美形、だって。日直の奴が職員室で見たんだと。うち、学ランなのにブレザーだったらしいし、多分そいつだろうってさ」
ああ、なるほど。
「さっきから美形だなんだって騒がれてたの、まさかそれのことか」
「多分な」
「へえ、アホくさ」
「……乗ってきた割には興味なさそうな返事だなお前…」
「あー……。まあ、なくもないけど、」
曖昧な返事を返しながら、横目で植松に視線を送る。
そう聞いてくる当の本人が一切の興味を持っていないのだから、何ともおかしな質問だ。
「……いや、やっぱりない」
「どっちだよ」
「男だろ。男子高なんだから。んな馬鹿騒ぎして楽しみにするようなもんでもないし」
「そりゃそうだ」
そもそも休み明けの転校生など、そう珍しいものでもないだろうに。特に八坂北は、金さえ払えば誰でも入れると不名誉に有名な高校だ。
他校で問題を起こしてうちに転校してきた奴なんてざらにいる。新入生の大半も自宅から近いところを選んだ相当の物臭か、もしくはよっぽどの馬鹿だ。
一応は進学クラスなんてものも存在するけれど、それすら一般的な高校の平均以下だと言うのだからもはや笑うしかない。
――まあ、これが女子だというのなら、堂上と植松もそれなりの反応を返したと思うのだけれど。
「つーか、まず同級生なん?」
「みたいだよ。学主と光岡に連れられてったってらしい」
「へー」
となると、その転校生とやらの顔を見る機会はないだろう。堂上たちは旧棟四階端の別名『バカの中のバカ隔離クラス』、進学組担当である光岡のクラスとは階どころか棟も違う。進学組連中と顔を合わせる機会など集会のときくらいだ。
――とそこで、ふと気づく。
「……あれ。そういえば始業式、何で教室でやってんの?」
「は?」
「体育館は?」
ふと疑問に思って、大真面目にそう聞いてみる。何かやってたっけ、と続けて問えば、そこで少し間が空いた。
「……阿呆が。体育館は改修工事中だ」
夏前からずっと工事してただろ、と言ったそれは、完全に呆れられた声で。
実を言えばこの時点でもう、転校生のことなどすっかり忘れていた。
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