珂瑞や長岡が通う高校は、中・高等部で構成される全寮制の共学校だ。勉学面では専門的な分野に力を入れ、その範囲は多岐に渡る。そのため敷地面積はそれなりで、高等部だけで比較してもそこらの私立よりはよほど広い。
しかし、その代わりにとばかりに、やはり何かと不便でもある。人の多い街中にそんなものを建てるスペースも余裕もないのだろう、つまり立地条件が良くない。自然に囲まれているとも言えるのだけれど、悪く言えば漂う雰囲気がどことなく閉鎖的だ。
敷地を囲む高い塀やフェンスがそうさせているのかもしれないけれど、どちらにせよ、片方が改善されたところでもう片方がある限りこの状況は変わらない。
結局、そう簡単にどうにかなることはないわけだ、つまり。
(まあ、)
他に全寮制の学校というものを知らない珂瑞には、この状況が普通か違うのか、判断はできないのだけれど。
「……幼なじみ?」
校舎から吐き出され寮に向かう新入生の列を上から眺めていた長岡が、驚いたように珂瑞の言葉を繰り返す。それは逃避していた思考を呼び戻すに充分で、珂瑞は一瞬で現実へと引き戻された。
「おー……」
呆けているうちに、いつの間にか入学式が終わっていたらしい。式中の内容どころかここに来るまでの記憶すらもはや曖昧だ。
長岡いわく自分の足で移動し、彼はその後ろから着いてきただけのようだけれど、――向かった先が校庭ではなく教室なあたり、動揺が知れ笑えてくる。
(予想外だ)
何がだ。思わず自問自答する。子鶴がここにやってきたことか、それに対して動揺した自分か――いや、両方か。
この後は、入寮式だ。
「……」
いろいろと聞きたげな長岡に、しかし珂瑞は返す気力もない。代わりに手の中でくしゃくしゃになった、一枚の紙をただ無言で見つめる。珂瑞たちと同じ寮に入寮予定の新入生名簿だ。
男女合計で二十人にも満たない彼らを迎えに行くのが珂瑞の役目、なのだけれど。
「言っても…そろそろ行かなくて大丈夫なのか。結構集まってきてるぞ」
渡り廊下の手すりに脱力してもたれかかったまま、長岡に倣い昇降口付近のそこに集まりつつある、人の固まりに目を向ける。案内役の珂瑞の姿が見えないからか、もしくはその他大勢の新入生たちによる好奇の視線からか。彼らはどうにもそわそわしていて落ち着きがない。
「判ってるけどさ……」
呟いて、思わず名簿をぎゅっと握りしめた。早く行かねば、とは思う。けれど踏ん切りがつかない。
理由は、判っている。名簿の二番目に書かれた、学年主席だという彼女の名前。
「……俺が行こうか?」
動かない珂瑞に、気を使ってくれたのか長岡がそう提案する。恐ろしく魅力的なそれに、けれど珂瑞はそれに首を振った。
「いや、……いいよ」
どうして事前に確認しておかなかったか、という後悔はある。名簿を渡されたのはもう一週間も前のことだ。
けれど、こんなこと今さら後悔しても仕方がない。そもそも中等部から無事に進学してきた後輩の名前にばかり気を取られていたとはいえ、他を見落としていたのは珂瑞のミスだ。基、職務怠慢で公私混同。
その上、寮生の一人が嫌だからいう理由で案内を長岡に任せてしまうだなんて、無責任にもほどがあるだろう。
それに。
「一応、俺の仕事だから。放り出すのもどうかと思うし、行ってくるよ」
どうせこれから、同じ寮で暮らすのだ。彼女が何を思ってこの学園に――この寮にきたのかは知らないけれど、珂瑞が卒業するまでの残り二年間、一切顔を合わせずに過ごすだなんて不可能としか言いようがない。
そもそも引き受けた以上、仲の良い後輩の面倒だけみるわけにいかないし、必然的にいつかは関わることになるのだから。
(なら、早い方がいいさ)
腹を決めて身体を起こす。長岡はしばらく心配したように珂瑞を見ていたけれど、やがて諦めたようにふっと笑った。
「了解。じゃ、俺は先に戻るわ。入学式終わったって寮長に言っとく」
言うなり、彼はこちらに背を向け寮に向かう。珂瑞も覚悟を決めると、渡り廊下を抜け、昇降口へと足を向けた。
[次#]
[戻る]