現れたのは、頭に猫を乗せた男だった。

 ――いや、現れたというよりは、起き上がったという表現の方が正しいかもしれない。
 固く汚いコンクリート部分に寝そべりぐっすりと眠れるなんて、随分と神経が図太いようだ。彼の頭を選んだ猫の方がよほど賢い。
 ベンチに腰掛けたまま、首だけを回した状態で小汚いそれを凝視する。いびきも鳴き声もそれ以外の音も、まったくと言っていいほどしなかった。つまり堂上がここに来たとき、既に彼らはここにいて、静かに熟睡していたのだろう。

「………………寝てた」

(だろうな)

 わざわざ言わなくとも察しはつく。にゃー。堂上のそれに同意するかのように、猫も鳴いた。

「わっ、おい」

 彼女(もしくは彼)はその場でひとしきり暴れると、その頭から飛び降りる。危なげなく地面へ着地した彼女は、満足そうにまた鳴いた。どうやら高さがお気に召さなかったらしい。
 驚いた男はふらつきながらも立ち上がり、足元で毛づくろいを始めた茶斑を抱き抱える。それと同時に、隠れて半端にしか見えなかった彼の顔がようやく判明した。

(……見たことない顔)

 こちらに気づかないのを良いことに、じろじろと観察する。さすがに上履きまでは見えないので学年は不明だが、背は相当高く足が長い。加えて顔はかっこいい系の美形だ。
 と、そこで襲われた既視感。

(……?)

 何だっけ。少ない引き出しを端から開けていくが、残念ながら目の前の男に心当たりはない。おそらく同じ一年なのだろうが、上級生と過ごすことの多い堂上は、植松以外の同級生などほぼ覚えていなかった。半年を一緒にしたクラスメイトのこともまた然り、だ。
 しかしこれだけ綺麗な顔なら、さすがの堂上でも覚えていてよさそうなものだけれど。とはいえ同じ学年でも、校舎が違うクラスさえあるのだから……そこまで考えてふと気づく。
 ――転校生だ。

(カッコイイ系の美形……で、一年の進学クラス)

 つい二週間前にした会話を思い出し、ようやく納得する。なるほど、それならば中庭のルールを知らなくても不思議はない。
 校則とは違う、学生が勝手に決めただけのルールなど、クラスの連中もいちいち教えないのだろう。そもそもあんな独自ルールがどこまで認知されているのか、それすら不明だ。

(転校生なあ……)

 頭も良さそうに見えるのに、何でウチなんだか。
 考えながら、しかし視線は逸らさず、猫とじゃれあう姿をじっと観察する。頭のデキは置いておいて、顔に関してはどう見ても上物だ。共学ならばさぞモテていたに違いない。
 ある意味、親の顔が見てみたくなる男だった。ああ、その顔を寄越せとばかりに、じろじろと見つめる。――そこでさすがに気づいたらしい。
 顔を上げた彼と目が合ったのは、それから数秒後のことだ。

「………………」

「……」

「、!」

 半開きの口で固まる彼は、まさか初めから見られていただなんて知るよしもないのだろう。
 そしてどうでもいい話だけれど、正面からあらためて見ると、やはりというべきかかなりの美形だった。全身がどれだけ薄汚れていてもそう感じるのだから、得をする顔だと思う。
 次第に冷や汗をかき始めた猫男を見ながら、そんなことを考える。瞬き一つせず見詰め合っていた時間は一分かそれ以上か。
 先に口を開いたのは、堂上だった。

「シャワー浴びてきたら?」

「……」

 ぽかん、と呆ける彼の腕の中で、何故か満足げに猫がゴロゴロと鳴いた。



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