「子鶴がうちに入学してきたのにはとにかく驚いたし、動揺してる。でも、それ以外は……さっぱり判らない」

 殴られるのは覚悟の上だ。とにかく判らない、と幼子のように繰り返す。
 子鶴が何を思ってやってきたのかだとか、どうして第三に入ったのだとか、他にも気になることは山ほどある。――けれど何よりも。

「俺は……何がしたいんだ……」

 頭を抱えた珂瑞に、途端、葵の目が酷く細まる。何だこいつ、そう言わんばかりの目だった。

「まさかそれで……逃げたっていうの」

「どちらにしろ今日はそれどころじゃなかった」

「明日からは?」

「あ゙あ゙あ゙……」

 口から出るそれは、もはや意味を成していなかった。葵もどうやら完全に呆れてしまったらしい。面倒だ馬鹿じゃないのかと――表情がすべてを語っていた。

「心配して損した」

「それは、悪かったって」

「頭は良いのに、そういうところは馬鹿なのね。今からそんなの、悩むだけ無駄よ。悩むなら、向こうから何かアクションが起こってからにしたらどうなの」

「……おっしゃる通りで」

 何かあったのかと思えば、何もなかった。ではどうしたのかと思えば、判らない。
 これでは葵が呆れるのも無理はない。ようは子鶴が来たことにただ驚いて――混乱して、逃げた。一度は括ったはずの腹が、括れていなかった。長岡の手前、決意したように見せただけだった。
 つまりは……そういうことだ。

「バカか、俺は……!」

「ヘタレ野郎」

「うるせえよ!」

 反射で返す。心外だと言わんばかりに睨むと、葵が声を上げて笑った。

「ああ、やっと元に戻った感じ。安心した」

「は?」

 どういう意味だ。

「あんたがヘタレてると変だもの。ああ、気持ち悪かった」

「泣かすぞ」

「事実でしょう。人当たりの良い好青年に見えて、実は口も悪いし良い性格してる。あと、何かと面倒だなんて思ってる割に投げ出さない、だからちょっと腹立つけどイマイチ憎めない」

「……誰だそれ」

 悪あがきと判っていながら、聞き返す。もちろん予想していた通り、「あんたのことよ」とバスタオルで叩かれた。
 地味に痛い。

「長岡からもメールが来てたわ。あとでもう大丈夫みたいって返すつもりだけど、あんたからも謝っておくのね」

「うそだろ、長岡にまで?」

「『珂瑞が気持ち悪いです。多分そっちに行くと思うのでよろしくお願いします』」

「き……、」

 感動を返せ。

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