「……っ」

 ――情けない。あれは本当に自分かと疑いたくなるぐらい、自分で自分が情けなくて仕方なかった。どうして珂瑞のこととなると、こうも弱くなるのだろう。
 入学早々、ああして顔を見れただけでも幸運だというのに。せっかくのチャンスを逃してしまった。

(ああ、もう!)

 次に会えるのはいつだろう。わからないけれど、寮は一緒なのだ。おそらくそう遠くないうちに、チャンスはあるはず。
 ――そのときこそ、ちゃんと話せますように。そう簡単にはいかないと判っていても、願わずにはいられなかった。

(でも……ぐだぐだ考えていても仕方ない、か)

 そう、今は考えても仕方ない。明後日には授業も始まるし、明日は午前は学校、午後は寮に戻って、それぞれオリエンテーションがある。いくら何でも、学生の本分を忘れてしまうわけにはいかなかった。
 寝よう。布団をギュッと握りしめて、目を閉じる。けれど一度冴えてしまった頭は、簡単には眠ってくれない。

(……二段ベッド、って変な感じ)

 一人っ子、というわけではないけれど、年の離れた兄弟は二人とも男だ。上の兄が中学に上がるまで一つの部屋を二人で使っていた兄たちとは違い、子鶴は小学校のころから一人部屋を貰っていた。
 二段ベッドで寝るのは初めてであるし、誰かと部屋を共有するのも初めてだ。
 なんて、まるでホームシックにでもかかったようなそれに、少し笑いが込み上げた。まさか自分が、と冗談のようなことを考えながら、二人の兄を思い出す。
 一つの部屋を共有するだなんて、サギたちもこんな感じだったのだろうか。とはいえ、あの二人は兄弟であるぶん今の子鶴たちよりよほど遠慮がなかったけれど。
 そういえば、よく喧嘩もしていたっけ。
 思うように使えないというのは考えると憂鬱で、それに加えこちらはお互い他人なのでいろいろと問題がありそうだ。幸いなのはルームメイトが大人しそうな子だという点か。
 ……否、あれは自己主張が少ないと言うべきだろう。

(理由は知らないけど、怖がられてるみたいだし)

 入寮式の後、部屋に入ってすぐのことだ。ベッドや机の割り振りを決めようと子鶴が話しかけたところ、ルームメイトとなった彼女は大仰に驚き身体を竦ませたのだ。どちらを使うかと聞いても目を泳がせるだけで、なら勝手に決めていいかと聞けば、その返事ですら吃る始末だった。
 いくら人見知りだとしても限度があるし、こうまでひどいと正直いい気はしない。

(関わらないといい話だけど、同じ部屋じゃそう上手くいかないだろうし)

 まあ、根気強く話しかけてみることにしよう。そんなことを考えながら寝返りをうち――気づく。

「……?」

 部屋が明るい。とはいっても明かりがついているような明るさではなく、薄ぼんやりしたそれだ。
 どこからか光が漏れているらしい。何だろう、不思議に思い身体を起こしてよく見れば、部屋のドアが少し開いていた。
 はす向かいは共有スペースで、洗面所だ。おそらく光源はそこだろう。耳を済ませば、かすかに水音もした。
 部屋のドアが開いているということは、いるのは同室者――穂波だろう。
 考えて、トイレにでも起きたのかな、とさほど気にせず布団に潜り込む。そうして何度か寝返りを繰り返したのだけれど、しかし水音はなかなか止まない。

「……」

 迷った末、子鶴は身体を起こす。椅子に掛けていた上着を羽織ると、部屋をそっと抜け出した。



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