ついでに藤井の名前にもチェックを入れ、近くにいた女の子へ名簿とペンを渡す。

「それで、伏見。その子、顔とかどんな子だったかな。雰囲気とか」

「下向いてたので、よく見えなかったですね、眼鏡は掛けてたかな。雰囲気はどうとも……ただ暗いとしか」

「そっか。そうだな、あとは……っと、あー……ちょっと待って」

 ペンとメモ。一応、書いておこうと漁るようにポケットへ手を突っ込んでから、何も入ってないそこに気づく。
 ――しまった、さっき名簿と一緒に回した一本しかペンがない。

「? ああ、良かったらこれどうぞ」

 間抜けにもそのままの状態で固まった珂瑞に、差し出されたのは式の前の受付で出席者全員に配られる記念品のボールペンだ。

「……悪い、借りる。あー……それで、髪の色とかは?」

 剥がれかけた化けの皮はこの際無視しておく。察しがよく気も利く後輩に感謝しながら、必要な情報を手の甲に書き出した。
 髪は黒。背は高くもなく低くもない、気の弱そうな男――となればおそらく、高等部からの外部生だろう。もはや確信に近かった。
 他の寮ならいざ知らず、第三寮は男女合わせても三桁には到底届かない。中等部からの持ち上がりもそこそこの人数だけれど、お互い一緒に暮らして飯を食った仲だ。もちろん全員の顔と名前は覚えている。
 外部生より早く結果の出た持ち上がり組のリストはしっかり記憶済みで、見回した限りこの場に欠けているものはいなかった。

(見逃しがないとは、まあ言い切れないけど。高等部に上がるのが不安……いや、ないな)

 第三寮にいる連中は大まかに分けて二種類あるが、高等部まで上がってくるのは大抵が一癖も二癖もある奴らばかりだ。今さらそんな理由で消えるようなメンタルの持ち主はいない。

(……面倒なことにならなきゃ良いけど)

 あまり大事になってしまえば、下手をすると寮内で孤立しかねない。外部生同士で仲良くできればおそらくそれが最良だろう。
 一番は同じ外部生であり式でも隣だった伏見が消えた彼を気にかけてくれればこちらとしても言うことはないが、

「そういえば髪も長くてボサボサでしたね。じめっとした感じで、前髪も鬱陶しいくらいの」

 ――真面目そうな見た目に反しずばずば言う性格のようであるし、勝手に期待する方が失礼だろう。

「わかった、ありがとう。じゃあ、とりあえず先に寮に行こう。名簿、全員に回ったかな」

 話を一旦切り、そちらに顔を向ける。ほとんどは暇を持て余したようにふらりとしていたが、その内の一人、大人しそうな女の子がいやに震え上がった。

「?」

「あっ、いやその、すみません!」

 名簿を持っていたらしい彼女が、慌ててそれを次の子へと渡す。
 ……子鶴だ。

「……、」

 遠慮がちに差し出されたそれを受け取った子鶴は、無駄のない動きでサッとペンを動かした。そうして顔を上げた彼女と、目が合う。

「私で最後です」

「うん、ありがとう」

 目が合ったのは、一瞬だ。平常心、平常心、と必死で唱えながら、戻った名簿に目を落とす。チェックのついていない名前は一つだけだった。

「よし、それじゃあ遅くなっちゃったけど、行こうか。荷物は忘れないように、着いてきて」

 うまく笑えたかは判らない。結局すぐに背を向けたため、彼女がどんな表情をしていたかすら曖昧だ。
 そもそも今の珂瑞には、まともに顔を見ることすらままならなのだけれど。

(――気持ち悪いな、俺)

 隣に藤井が並ぶ。空気を呼んだのか少し大人しくなった彼に元気だったかと問うと、もちろん、と元気のいい答えが返った。

「しばらく忙しいだろうけど、落ち着いたら部屋においで。同じ寮だしね」

「えっ、本当ですか!?」

「うん。ついでにいらなくなった服とかまとめてあるからさ、良かったらまた持って行って」

「うわ、やったあ! 嬉しいです、ありがとうございます!」

 ――あまり喜ばれてしまうとまた罪悪感がこみ上げてくる。正直、服に関しては今日のお詫びだ。藤井を利用して子鶴から意識を外そうとしている自覚は大いにある。
 藤井と、いなくなった外部生。彼等に失礼な上、申し訳ないとも思っているが、珂瑞にとって嬉しいハプニングであったことは間違いない。
 適当に言葉を濁しながら、携帯を取り出してアドレスから寮長の名前を呼び出す。長岡がいれば彼に頼めたが、さすがにもう寮に戻っているだろう。それなら、長岡にメールをするより寮長に電話する方が確実に早い。

「先輩? 珂瑞です。すみません、実は――」

 簡単に説明をしながら、一番前を歩く。――結局その日、子鶴の姿をまともに見ることが出来たのは、この一瞬だけだった。

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