* * *
長谷を引きずって寮に戻ると、エントランスで見慣れた背中に遭遇した。
「あ? ……長岡か」
「だー、ご」
「あー、そうそう。……っておいこら、止めんか」
「えー」
「……何だろうな、何なんだろうな。お前ってときどき……いや、いいわ」
はあ、と息を吐きながら長谷の腕を引き、ちょうど靴を履き替えているところの長岡に近づいた。制服姿の彼に、そういえばうちの在校生代表はあのふたりだったな、と思い出す。
今日は入学式、同時に入寮式だ。彼がここにいるということは、もう入学式は終わってしまったのだろう。……結局、まともな掃除もままならないまま時間がきてしまったらしい。
「長岡、」
嬉しそうな顔で長岡に突進しようとする長谷の身体を片手でしっかりと捕まえつつ、逆の手で長岡の肩を軽く叩く。彼は一拍遅れて振り返った。
「あれ、高野さん」
「よう。入学式終わったんだな」
「ええ。今、珂瑞が新入生を迎えに。高野さんたちは部屋の掃除でしたっけ?」
「ああ。……まあ、結果は見ての通りだが」
「えー」
「お前が原因だ!」
けらけらと笑う長谷につっこみを入れると、長岡が思わずといった体で噴出した。……不本意だ。
「手伝います。最悪、間に合わなくても明日までならなんとかなるだろうし。高野さんたちの部屋を使うの、確か藤井一人だから。今日くらいなら珂瑞の部屋でも向こうは平気でしょう」
「助かる……悪いな。藤井って確か中学の後輩なんだっけ」
岩倉やこの二人は中等部からここにいるが、高野は高校からの外部生だ。彼らとはこの一年で随分と親しくなったけれど、お互い知り合う以前のことはあまり話さない。
あえて話題にするほどでもなかったといえばその通りで、そのためここに随分と馴染んだ高野ですら、彼らの内部事情はほぼ知らないのが現状だった。
「そうです。あいつも中等部からの三寮生ですよ。俺はあんまり話したことないけど」
「? 何でだ」
付け足された一言を、純粋に疑問に思い問う。長岡はハッとしたように視線をさ迷わせ、余計だったと言わんばかりに気まずそうな表情を浮かべた。
「悪い、言いづらいなら無理しなくてもいいぞ」
「えー」
「だからお前は……!」
「いや、藤井の性格がどうとかではないよ。……ただ、その……あいつ、滑舌悪くて」
「……ああ……、なるほど」
それは長岡にとって致命的だろう。いい奴なんですけどね、と少し落ち込んだ様子の彼に何と言うべきか迷っていると、階上からなんとも気の抜けた声が届いた。
「あっちゃー」
驚いた長谷が玄関でずっこける。
「いっ……あー!」
「痛いな、今のは痛い。とりあえず掴まれ、長谷」
段差を踏み外して涙目の長谷を起こし、怪我がないか確認する。既に土やその他のもので汚れまくっているため判りづらいことこの上ないが、見たところ擦り傷はない。
「打っただけだな。そのうち治るから泣き止め……お前も男だろーが」
「う……っ、えー」
「わー、高野の見た目でよしよししてるって結構面白い絵だよね」
「いや、尊先輩……」
「え、……もしかしてタイミング悪かった?」
ふざけているわけでもなく、本気で戸惑った顔をして階段を下りてくる寮長――もとい、尊に、高野は呆れて言葉を返すことができない。
高野よりも彼との付き合いが長く、扱いに慣れているはずの長岡でさえなんとも言いがたい表情を浮かべ押し黙った。
「つーか、お前……電話は?」
尊が耳の近くで固定したままの携帯に視線を向け、訊く。高野の裸眼ではあまりよろしくない視力でも、通話状態であるグリーンの光くらいは確認できた。
ましてやこの至近距離だ。漏れ聴こえる声で、その相手が誰かも知れた。
『あの……先輩?』
岩倉だ。長岡の話では新入生の迎えに行っているはずの。
「あ、ごめん。忘れてた」
本気で忘れていたらしい尊のそれに、電話の向こうで岩倉がこけた。
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