期間中は生徒会の方に顔を出すので、クラスの方の準備には参加できないと予め話してある。クラスメイトほぼ全員にもきちんと声はかけた。――つまるところ何が言いたいかといえば、これで文化祭まで生徒会に篭り切ることが出来るわけだ。
 誰にも文句など言わせるものか。

(あっちはほとんど一人で作業できるしね)

 教室の緩い雰囲気に揺れなかったわけではない。けれどそれより、大人数での作業という方が芹生には苦手だった。それなら一人でプリント相手に神経を使っている方がマシであるし、元より性に合っている。
 一瞬どうするかとふらついた天秤は、結局あっさりとそちらに傾いた。悪かったかなと思いつつ、かといって既に手伝おうという気も更々ない。もはや完全に他人事だった。幸いうちのクラスには芹生よりよほど問題のある四辻がまだ残っているので、何かあれば彼らの意識はそちらにいってくれるだろう。
 なんて最悪なこと考えつつ、生徒会室のドアを開ける。――誰もいないと思っていたそこには、既に先客がいた。

「……あれ?」

「あ、一条くん。ちょうど良かった」

 両手に荷物を抱えた、黒髪を前下がりのボブにした女生徒。
 三年で書記の中山だ。

「どうかしたんですか? 先輩、今日は確か部活の方じゃ」

「そうなんだけどねー。ちょっと一条くんに用があって」

 はいこれ、と中山が差し出してきたのは、ちょうど両手で抱えられる程度の大きさをした段ボール箱だ。軽い気持ちで受け取って、……予想より重量のあったそれをじっと見る。
 密閉されてはいないが、蓋が閉じていて中は見えない。文化祭で使う備品だろうか。

「これは? 地味に重いですけど」

「壊れ物じゃないから安心して。中身はほとんど紙だよ」

「紙?」

「そうそう。パンレットとうちわの見本が刷り上がったからそれと、あとは画用紙とかマジックね。なくなりそうだって言ってたのに、みんな取りに行くの忘れてたでしょ」

 まあ私もなんだけど、と茶目っ気たっぷりに中山が言う。

「さっき、教室出るときに思い出してさ。一条くん用具室には詳しくないし、九条くんも結構、抜けてるし。書記代表で補充に参りました」

「ああ、そういえば……すみません、ありがとうございます」

「いえいえ。散らかってるからどこ置こうか迷ってたんだけど……あ、というよりごめん。普通に渡しちゃったけど重いでしょう。私、持つからどこかスペース開けて……」

「いや、これくらい大丈夫ですよ。なよなよしてても男ですし」

 手を出しかけた中山を遮って言うと、中山はきょとん、とした表情で瞬きする。次いで、自分の言ったことを理解したのか少し恥ずかしそうに笑った。

「ごめん! そうだよね、一条くん男なんだよね」

 ……何となく複雑な気分だ。

「ほ、ほんとごめん! 私、中学からここだし、家も四人姉妹でさ。長女なんだ。ついお姉ちゃんやっちゃった」

 顔に出ていたのか、中山が慌てて謝罪する。手は使えないので首を横に振り気にしていないと伝えると、彼女はホッとして胸を撫で下ろした。

「いやー、またやっちゃった。恥ずかしいなあ。茜にからかわれそう。実は、前に九条くんにも同じことしちゃっただよね」

「面倒見がよくて周りをよく見てるってことですよ。気が利くとも言えますし」

「ほんと? そう言ってくれると嬉しいなあ」

 恥ずかしいのか、頬を染めたまま中山が笑う。一条も笑顔を返しながら、――そこでふと思い出し、壁の時計に目をやる。

「先輩、それより時間は大丈夫なんですか?」

「えっ。……ああっ、うそ! もうこんな時間!?」

 彼女の所属する演劇部は、時間に厳しい。時間を確認したらしい中山が悲鳴を上げる。芹生がここにきて、既に五分は経過していた。

「わ、ごめん。私もう行くね! また時間があいたら来るよ。他のメンバーにも声かけてあるからね!」

「はい――でも大丈夫ですよ。それより部活の方、頑張ってください」

「あ、ありがとう!」

 去り際にそう言い残し、慌ただしく部屋を飛び出して行く。生徒会室は他の一般教室から離れているため、この近くを人が通ることは少ない。廊下に響いていた彼女の足音が遠ざかり、消えると、辺りはすっかり静かになった。

「……」

 散らかるプリント類には構わず、適当な机に荷物を下ろす。そのまま近くにあった椅子に腰を落ち着けると、その拍子に肩からずり落ちた鞄が音をたてた。
 今度こそ一人になった生徒会室で、ぽつりと呟く。

「……疲れた」

 こちらの方が落ち着くだろうと生徒会を選んだけれど、考えが甘かったかもしれない。中山は言ったのだ。『時間があるときにまた来るよ』――『他のメンバーにも声をかけてあるから』。

(……来なくて良いのに)

 しかしそれを口に出来るはずもなく。
 愛想笑いも楽じゃないよなと、。

 編集中。



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