* * *

 掃除の最中に消えた長谷を探して裏庭にやってきた高野は、彼を見つけると同時に、盛大なため息をついた。

「……長谷、何やってんだお前」

「っ、あー!」

 新手の嫌がらせだろうか。なんて言っても、おそらく本人にその気はない。ただの散歩、それだけなら大した問題ではないのだけれど。
 一体、どこをどのようにして歩いてきたのだろう。柔らかい土の上にしゃがみ込んだ長谷の身体は、あらゆるもので汚れていた。土やら葉やら細い枝やら――これを寮まで連れて帰り、風呂に放り込むのは誰だと思っているのだろうか。

(ジャージを着せておいて良かった……)

 二時間前の自分を褒めたたえたい。

「あー、あー」

「……長谷、雑草は抜いていい。花は抜くな。――って言ってるそばから抜くんじゃない!」

 楽しそうに笑う長谷の頭に、高野はすかさず拳骨を落とす。花壇に植えられたパンジーを嬉々として引っこ抜いていた彼は、衝撃でその場に尻餅をついた。
 状況が読めないのか、長谷は立ち上がることもできないまま呆けた顔で高野を見上げる。しかし次いでやってきた頭の痛みに殴られたのだと気づくと、途端に目を潤ませ泣き出した。

「うっ…あー」

 男子高校生の平均値より一回り小さい身体を震わせながら、ボロボロと大粒の涙を流す。大声を上げて泣かないあたり以前より成長したと思うけれど、それでも相変わらず泣き方がまるで幼児だ。
 高野を見上げ視線だけで何かを訴える長谷を黙殺し、彼によって荒らされた花壇に目をやる。見たところ花は無事だけれど、土には長谷の足跡があちこちに残っていた。あとは今、彼の下敷きになっているあたりか。
 どちらにせよ長谷が抜いたパンジーは植え直さなければならない。このあたりに花屋はあっただろうか――そんなことを考えながら顔を上げ、高野は不意に動きを止めた。

(あ、)

 人だ。あまりいいとは言えない視力で、しかしはっきりと確認する。
 花壇の近くに植えられた木より、さらに向こう側のそこに人がいた。校舎の壁を背に、膝を抱えるように座っている。

「……」

「あっ、あぐっ」

 大丈夫だろうか。ぴくりとも動かない彼に何となく危うい雰囲気を感じて、遠くから様子を伺う。悩み事か何かでふさぎ込んでいるならまだいいのだけれど、体調不良でああしているのならば、見て見ぬふりというのも後味が悪い。それが第三の生徒なら尚更だ。
 しかし。

「……眼鏡忘れた」

 さすがにこの距離で顔を確認しようだなんて無理があったか。せめて眼鏡があれば多少はマシだったろうに、肝心のそれは、長谷を探しに出たとき、外して寮の部屋に置きっぱなしだ。

(まあ、大丈夫だろ)

 下手に声をかけ、お節介に思われてもお互い気分が悪い。

「うっ、うあっ!」

「うおっ」

 ――なんて、そんなことを考えている間に、こちらは大変なことになっていたようだ。

「おい、長谷!」

「うああー!」

 しまったな、と思った。どうやら高野が怒っているのだと勘違いしてしまったらしい。いろんなもので汚れた顔を高野の腹に押し付けながら、長谷が泣き声を上げる。

「ああもう、悪かったよ。判ったから落ち着け」

「うっ、うっ……」

 確かに怒ってはいたのだけれど、こうも泣かれてしまうと高野も弱い。長谷に関しては殊更だ。
 縋り付くように腰に回された腕を解くことも出来ず。おそらく長谷が落ち着くまではこのままだろう。
 まあ、それも仕方ない。
 先ほどの生徒のことを頭の隅に追いやった高野は、泣きじゃくる長谷の頭を撫でながら――そういえば掃除がまだ途中だったなと、そんなことを思った。



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