「数学は?」
「九十四」
「化学」
「九十一。現文は?」
「……八十六」
「あ、勝った。九十八」
五教科九科目。しめて八百七十、と三点。
にへら、と笑って、悔しそうな南方にピースを突き出す。当の南方はそれを鬱陶しいそうに見ると、クシャクシャに丸めた素点票を九条に投げつけた。
「っだあもう! 一教科だけでも勝てないかなんて思った俺が馬鹿だった。ほんっと化け物並、判ってたけど、やっぱりなんか腹立つ」
「いや、化け物ってさあ。俺みたいのなんてその辺にいっぱい――」
ほら、橋本とか。という九条の言葉はしかし、言い切るより先に南方の手刀によって遮られた。
「痛っ。ちょ、何すんの」
「いや、何かムカついたから」
何でそうなる。席が前後していた以前ならともかく、一番前と後ろに離れたそこにわざわざやってきておいて、この仕打ちはないだろうに。
その上、八つ当たりの気が混じった声でお前も橋本も別格だなんて吐き捨てられても、もはや理不尽だとしか言いようがない。
「だから、俺に当たるなって。テストはともかく、席替えなんてクジなんだし。所詮あんなの運でしょ」
「なら何でお前は一番後ろのままなんだよ、どんなクジ運? 運までもがお前の味方ですか」
「あのなあ……一番前の席ってそんなに嫌?」
「まあ、嫌だろ普通。寝れないし、何より寝れないし」
「高い金払っておいて授業を寝ること主体で考えるなよ」
「学生なんて、大体の奴らはそんなもんだよ」
呆れたように言ってやれば、さも当たり前のように返される。前の席が嫌だというのは判らなくもないけれど、灯華の性質を考えると、南方と同じような理由で嫌がる生徒などうちにはそういないだろうに。
「まあ、ちょうど良いんじゃないの? これを気に真面目になれば。順位云々だって、どちらかと言うと授業中よく居眠りしてる割に毎回上位に食い込んでくるお前の方が敵を作ってそうだしね」
「テスト前の一夜漬けも学生の王道だろ」
「普通の高校ならなあ…」
灯華がそれに当てはまるかと言われれば微妙なところだ。
「ともかく、一夜漬けで俺に勝とうなんて五年は早いよ。風邪でも引いてコンディション最悪とかならまた別だけど、ケアレスミス程度ならね」
「…ああ、なんだ。やっぱりただのケアレスミスだったわけ? 二位なんて珍しいから何かあったのかと思ったんだけどなあ」
「へえ、やっぱり目的はそこだったのか」
「あっ」
しまった、とばかりに南方の口元が引き攣る。思っていた以上に簡単に引っ掛かった彼を見て、九条は堪えきれずに軽く吹き出した。
口を滑らせた自分にか、もしくは鎌を掛けられたこと自体が悔しいのか。くっくっと笑う九条に、南方は何とも微妙な表情を浮かべた。
「……なんか腹立つ」
「それはどうも」
「あー、もう畜生。いいわ、もう普通に聞くけど、本気でケアレスミス? いつも満点なんかザラなお前が二位取ったとこなんて久々に見たっつーの」
「んーまあ、ちょっとね」
言って、まだ答え合わせの途中だった答案を机の上に放り出す。バサリと音を発てて広がるそれを見れば、南方の言うようにいつもより少し多い誤答が目に付いた。
それでも一位を取った橋本との差は、十点もないのだけれど。
「あれだよ、ちょっと動揺が外に出たと言うか」
「動揺? 何だそれ」
「それは秘密。まあ、所詮は二十七点程度の動揺だから」
と、不審そうな表情を浮かべてこちらを見る南方をカラカラと笑い飛ばす。そんな九条に、南方は口元を引きつらせ、ただ一言「滅べ!」と吐き捨てた。
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