しかしまあ、

「それはいいとして」

 半ば芹生の所為ではあるのだけれど、完全に手が止まってしまった四辻を振り向く。――こんな話、さっさと切り上げなければいつまでもぐだぐだと終わらないだろう。

「問題。どこまでいった?」

 それよりもさっさと続きを終わらせて、帰るとしよう。そう思い問いかける。するとその途端、四辻が固まり、口元が引きつった。

「……」

「?」

「……」

 数秒の沈黙。かと思えば、四辻がぐたりと机に倒れ込む。下敷きになったノートが、グャリと音をたてた。

「え、何。全部解き終わった?」

「あと半分ー……畜生、何だよこの量。一条の鬼」

「頼んできたのはそっちのくせに」

「こんなにスパルタとか聞いてないし。鬼。だからフラれるんだよバーカバーカ」

「もはやただの八つ当たりだよね」

 どう考えたところで、それとこれとは関係がないだろうに。

「……疲れた。とりあえず十分休憩」

「まあ、いいけど。ほどほどにしろよ……何のために授業サボってまでこうしてるんだか判らなくなる」

 そんなぼやきを零しながら、さっさとくつろぎモードに入ってしまった四辻を見てため息をつく。すると弛んでいた四辻の表情が、ムッとしたものに変わった。

「……教えてくれとは言ったけど、授業サボってとは言ってないだろ」

 普段は適当な男だけれど、今の言葉には引っかかるところがあったらしい。
 慣れないことを長時間した所為での疲れもあったのだろう。さすがに苛ついた様子の四辻が、険のある声を芹生に向けた。
 けれどその程度で、芹生が訂正を入れるはずもなく。

「引き受けた以上は最後まで面倒見るべきだと思ったからだよ。そうでもしなきゃ終わらないし。一応言っておくけど、まだ範囲の半分終わってないよ」

「……え」

 途端、四辻の顔が間抜けに歪んだ。

「えーと、それは全教科総合したうちの半分だったりは」

「しないかな。というより、今日の昼に始めたばかりだし、まだ数学しか手をつけてないだろ」

「まあ確かにそうだけど……いや、でももう二十ページは進めたし。これで半分いってないなんてまさかそんな」

「一学期と二学期じゃ進度が違うって基本的に全国共通だよね。そもそもうち、進学校だよ」

 言うと、四辻は無言で顔を逸らした。
 黙っていたのは、多分五秒ほどのことだけれど。

「心が折れそうだ」

「なら帰るか」

「いや……すみませんでした…」

「うん、いいよ」

 元から恩を売るつもりでこうしてるんだしね。

 ケロッとした顔でそう言ってやる。そんな芹生に言い返す気力もなくなったのか、四辻はぐったりとした様子でペンを握った。反省したのか、黙々と問題を解いているところから察するに、先ほどのあれは八つ当たりと自覚しているのだろう。
 まあ、つい五秒前の芹生とお互い様なので、気にする必要などないのだけれど。そもそもサボりにしたって、勉強を教える以外にもう一つ、理由があってのことだ。

 ――しかしまあ、それはいいとして。

(何でいきなり、こんな真面目になったんだか)

 四辻が問題を解いている間、ヒマになった芹生の頭に、ふとそんな疑問が浮かぶ。やけに真剣な表情で、勉強を教えてくれと彼が言ってきたのは昼休みが終わるころだ。今日の二限、担任がテスト勉強にとくれた自習時間を睡眠に使っていたのは一体誰だったろうか。
 高校に入ってからの友人なので、中学時代のことは知らない。けれど、少なくとも一学期の間はこんなに必死なところを見たことがなかった。というより、赤点ギリギリだろうがまったく気にしていなかった男だ。
 つまり率直に言うと。……何かに釣られたとしか思えない。

(ま、いっか)

 どうせ自分には関わりのないことだ。そのときはそう結論付けて、その疑問はすぐに流れた。

 実は間接的に関わることになるのだけれど、しかしそれが、今の芹生に判るはずもなかった。



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