とっておきのクリスマス 1/2
「神峰ー、クリスマスなんだけど、どうしよっか」
「へ?」
居残り練習を終えた刻阪に声をかけられて、神峰はちょっとびっくりした。
「クリスマス、って…」
「明日だろ、クリスマスイブ。どうせならデートしたいなって思ってさ」
「でっ、でっ…!」
さらっとストレートな事を言われて、神峰は絶句する。
いや、確かに刻阪と「お付き合い」している関係なのだから、デートという言い方は間違っていない。が。
―――刻阪のこういうトコ、慣れねェ…!
恋人付き合いどころか、今まで碌に友人付き合いもしてこなかった神峰には、まだまだ刺激が強い。
そもそも、家族以外とクリスマスを過ごすのだって、生まれて初めての経験だというのに。
動揺する神峰に、刻阪はくっくっと笑う。こういうところが可愛いのだからしょうがないのだ。
「別に、デートでいいじゃん。それとも、神峰は嫌?」
「…いや、じゃないです…」
神峰は俯きがちに、でもちゃんと否定する。要は照れくさい、それだけの事である。
「ふふ、よかった」
「……でも、明日だって学校も練習もあんだろ?どうすんの?」
クリスマスだろうが、明日も下校時間ギリギリまで練習はある。全国を目指す鳴苑高校吹奏楽部は容赦がないのである。
「うん、だからイルミネーションでも見ようかなって」
「へェ、イルミネーションかあ…」
「あ、でも神峰はやっぱ人混み苦手だよな?」
「……うん」
一瞬ためらってから、神峰は頷く。
人混みは、色々な人の心が見えてしまうから、うっかり荒んだ心象風景にぶつかるかもしれないのが未だに怖い。
「で、でも、刻阪が行きたいとこあんならオレだって行くぜ?」
怖いけれど、これも神峰の本心だった。好きな人と一緒なら、人混みだって我慢できると思う。
だが、刻阪は首を振った。
「ありがとう。でも神峰に無理はさせたくないし…大丈夫、ちゃんと考えてあるから」
「?」
「とっておきの場所に案内するよ」
秘密めかして言うと、刻阪はにっこりと微笑んだ。
翌日の夜。
「お疲れさま。じゃ、いこっか」
緊張する神峰に、刻阪はそれだけ言うとぐいぐい引っ張っていく。
されるままに神峰が着いていくと、それは刻阪の家のある方面だった。
「あれ、これって刻阪んちの方じゃねェの?」
まさか家に連れて行かれるのだろうか?と思った神峰はますます緊張する。
「まぁそうだけど、目的地はちょっと違うよ。あ、ここじゃなくてもう一本向こう」
「ん、ここか?」
「そう。あっちの方見てみてよ」
刻阪が示した曲がり角から通りを覗いた神峰は、目を見張った。
「わ…!」
その通りは、立ち並ぶ家々の庭先に、軒並みイルミネーションが施されていたのだった。
「このへんて、僕が言うのもなんだけどお金持ちの家が多いからさ。みんなプライド高くて、うちの庭が一番だって、毎年競ってるみたいなんだよね」
刻阪が説明するが、神峰は半分も聞いていなかった。
門の両脇に立つ小さな木や、生け垣に絡む色とりどりの光。ちらっと生け垣から覗く庭の光るトナカイ。サンタのマスコットが忍び込もうとしている窓もある。
そういったものに、すっかり目を奪われていたからだ。
「すっげ…綺麗だなぁー」
「どう、喜んでくれた?」
神峰は、うんと大きく頷いた。頷いた後で、ちょっと首をかしげる。
「…でも、刻阪これ毎年見てんだろ?ここで良かったのか?」
毎年見て知っている場所なら、刻阪はつまらないんじゃないかと思ったのだ。
けれど、刻阪は気にしていないようで。
「いいよ。僕は神峰の喜ぶとこが見たかったんだし、それに―――」
そして、一歩歩み寄ると。
「この方が、二人きりって感じするだろ」
内緒話を打ち明けるように、そっと囁いてきた。
「…っ!!」
思わず神峰は一歩後ずさる。
「照れるなって」
「無理!無理!」
照れないどころか、刻阪の方を見ることすらできない。どうせ彼の「心」は「普通」で、本心から恥ずかしいことを言ってのけているのだ。
「ほら、いいからちょっと歩こうよ」
刻阪は笑って、神峰に手を差し出した―――どころか、そのまま神峰の手をとって引っ張っていく。
「ちょ、ちょっここって刻阪んちの近所だろっ」
「だーいじょうぶ、どうせ誰も見てないよ」
「〜〜〜っ」
こうなったら刻阪は止まらない。
ならもう開き直るか、と、神峰は繋がれた手をきゅっと握り返した。
そうして繋いだ手の温かさに、ふわふわ浮かれるくらいの幸せを感じながら。
→
[ 5/53 ][*prev] [next#]
[もどる]
[しおりを挟む]