カナリアの止まり木に 3/3
「えっ…」
背中に添えられた刻阪の手のひらが、神峰の肩に回り、そして。
戸惑う神峰を、刻阪は自分の胸元に引き寄せていた。
「ちょ、なん…?」
「……ごめん、つい」
「つ、ついって…」
胸元に納まったまま、神峰は硬直してしまう。
けれど当の刻阪も、なんでこんな事をしてしまったのかよく分からなかった。ただ。
「ただ、なんか…お前の事、支えてやりたい、って思ったのは、確か…かな」
なんとなく言ってみた言葉だったが、それが正解に限りなく近いように思えた。
「お前がどう思ってようが、これは僕が巻き込んだ事だし。だから…それで傷付いてるお前を、放っとくなんてできない」
「……」
「神峰は頑張ってるよ、これ以上ないくらい。僕が一番知ってる」
だって、一番近くで見てきたから。
一番近くで、神峰が傷つくことを厭わない程頑張る姿を見て、凄いと思っていたのだ。
でも、たまには休んでもいいのではないかと思う。
神峰は傷つくことに疲れてしまったのだと、そのことが分かったから。
(それで…その休む場所に、僕がなりたいって思ったんだ)
怖れに立ち向かう勇気も出せないほど弱ってしまった神峰の力になりたいと、刻阪は心底願う。
そして、神峰が休めたならもう一度、一緒に歩いて行きたいと。
―――お前と一緒に、出逢ったあの時見えた“未来”を、見てみたいから。
「だから…なんていうか、その」
「と、ときさか…もう言わなくてもいい…っ」
「え、」
言葉を続けようとした刻阪を、神峰が押しとどめる。
「もう、伝わってる…」
俯いた神峰の耳が、なぜか真っ赤になっていた。
「…お前、すんげー恥ずかしい奴…」
「はぁ?」
「…でも、ちょっと、嬉しい…かも」
小さく、ちいさく呟いたかと思うと、神峰は自分から刻阪の首元に顔を埋める。
「…ひょっとして、何か見えたのか?」
「っ、なんでもねってば」
顔を埋めたまま、神峰は首を振る。髪が首筋にこすれて、少しくすぐったい。
「かーみーね」
少しおどけた風に呼んでみても、彼は答えない。でも、腕の中にいる身体は、もう震えていなかった。
だんだん落ち着いて来たのか、神峰の呼吸がゆっくり、深くなってくる。
「…落ち着いた? もう、大丈夫?」
しばらくしてから、刻阪は聞いてみた。すると神峰はこくっと頷く。
「ん…でも、もーちょい、いいか?」
「いいけど…そろそろ帰らないとマズいんじゃないか」
最終下校時刻はとっくに過ぎている。こんなところを見回りの教師に見つかったらことだ。
しかし、神峰はそれでも首を振る。
「だって、刻阪あったけェから」
その爆弾発言に、今度は刻阪の方が硬直した。
「お、おま…っ」
言い返そうにも、どう言ったらいいかわからず絶句する。
(恥ずかしいのはどっちだ!)
心の中で叫んだが、目を閉じている神峰には伝わっていないだろう。今ばかりはそれが少しだけ恨めしい。
と思ったその時、神峰が顔を上げた。
「…ありがとな、刻阪」
心底嬉しそうな微笑みと一緒に、伝えられたのは感謝の言葉。
「お前のおかげで、明日も頑張れるかなって、思えたから。…だから、ありがと」
「……っ」
至近距離で向けられたその笑顔と言葉は、ちょっとばかり眩しすぎた。
「あ、ちょ…わ、わりぃ」
思わず顔をそむけた刻阪の心に不穏なものを感じたのか、神峰が慌てて謝る。
しかし、なんのことはない。刺激が強すぎただけである。
「謝るな。謝んなくていいからちょっと離れて」
「へ?」
「ていうか、ホントに帰んないとまずいだろ! ってあっ、僕楽器片付け途中だった」
「はぁ!? 何してんだよお前」
「誰のせいでそうなったと思ってるんだ…」
「えっ!?…お、オレ?」
当惑顔の神峰をうっちゃって、刻阪は教室を出ていく。
「ちょ、待てよ刻阪!置いてくなーっ」
追いかけてくる声に振り向けば、神峰はすっかりいつもの調子だった。
(…良かった)
そんな神峰の様子に、刻阪は安堵する。
きっと明日になったら、めげないいつもの“凄い”神峰が戻ってくるはずだ。
その力に自分がなれるなら、なんだってしてやろう。いくらでも、疲れた神峰が休む為の止まり木になろう。
誰よりも神峰の傍にいて、彼と音楽を共に創りたいと願うから。
刻阪は、この日固く誓ったのだった。
end.
+ + + + +
2人はできていない。できていないんです←
何故こんなにもシリアスになったのやら(笑)
神峰は「怖い」と言いつついつも一人で立ち上がるから、実はメンタル強いのでは?という風に見えるけれど、実際は必死で自分に鞭打って頑張ってるんだろうなと思うのです。
そこを支えるのはやっぱり刻阪だろうと。刻阪の存在あってこその頑張りなんだろうな(そうだといいな)、というのが私の中での「青春バンビ」なのです。
Up Date→'13/12/21
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