【同人誌サンプル】La Belle Maison, et La Belle Saison




<サンプル1>

 鳴苑高校を卒業したオレと刻阪は、東京都内のとある音楽大学への進学が決まった。正直なところ、オレは未だにそれが信じがたい。刻阪は当然だとしても、オレなんか高校でやっと音楽を始めたばかりだっていうのに。
 それでも、刻阪を始め、楓さんとか、谺先生とか、伊調のじーさんとか、いろんな人の助けを借りて、どうにか試験に受かることができた。これでいよいよ、本格的にオレの指揮者人生への第一歩が始まるんだと思うと、――正直、スゲェ緊張するけど。
 まあそんな事は、入学してから考えりゃイイ話だ。今はとにかく、この段ボールと家具の山をなんとかしなきゃいけない。そう、今は刻阪と一緒に住むことになったこの部屋への、引っ越しの真っ最中だった。
「なあ、神峰これ何処にやったらいいかな?」
「それ洗剤だろ、台所の下に入れときゃいいんじゃねェの……」
 右も左も分からねェという顔をしながら、刻阪が段ボールの中身を片手にうろうろしている。確かにこれじゃ、楓さんとか刻阪のお母さんが心配するのも無理ねェよなァ……。
 群馬から東京の大学に通うなんてことは当然考えられなかったから、オレは進学が決まった瞬間からなんとかしなきゃいけねェな、と思っていた。それで、何の気なしに刻阪に、お前はどこに住むんだって聞いたら、ものすごく深刻な顔をした刻阪にこう言われたんだ。
『神峰、僕と一緒に住んでくれないか』
『ハァ?』
 まったく斜め上から返ってきた言葉に、思わず素っ頓狂な声を出しちまったが、刻阪の心はいたって大真面目に困った顔をしていた。つまり、ウソでも冗談でも無ェって事だ。
 聞けば、刻阪の方でも一人暮らしは絶対だと分かっていた。しかし、いざその段になってみたら、刻阪は姉の楓さんをはじめとした家族みんなにしこたま言われたらしい。
 曰く、アンタそんな生活能力無いのにどうすんだ、と。
 ……確かに、スーパーとかコンビニに一度も行ったことねェって話は前にちらっと聞いて、そん時もスゲェ驚いた記憶はあるが、実際はそれよりもずっと深刻だった。というのも、刻阪家は両親ともに家を留守にしていることが多く、家事はほぼ熟練のお手伝いさんが全部やってくれていたという。なんだよブルジョワかよ、都市伝説かと思ってたぜお手伝いさんのいる家なんて。
 そんなわけで、同じ大学に通うことになったオレに白羽の矢が立ち、刻阪とそのご家族に半ば拝み倒される形で、この共同生活が決まったのだった。まぁ、ひとりで住むより家賃は安く済むし、誰よりも気心の知れた刻阪と一緒なら、知らない土地でもかなり心強く思える。それに、大学から帰ってからも音楽の話とかできるのは楽しそうだし、いっかな、って軽い気持ちだった。オレの親も、刻阪と一緒なら安心だって言ってくれたし。
 うん、実際は想像以上に大変そうだけど。一日目にして。
「なあ神峰、僕この食器割らないかすごく心配だ」
「気を付けりゃ大丈夫だろ、ってわーその置き方ダメだァァ!」
 なんで流しのへりに置くんだよちょっと触ったら落ちるだろ、って言ったそばから!
「おお、神峰ナイスキャッチ。漫画みたいだ」
 落ちかけた皿をヘッドスライディングで受け止めるオレ。を、ぱちぱちと手を叩いて褒める刻阪。……どんな構図だよ。
 さすがにちょっとくれェは掃除とか洗濯とか予習したらしいが、生活用品はどこに何を置けばいいとか、どう扱ったらいいかとか、そんなところから慣れてないみてェだ。別にオレだって家事とか慣れてるわけじゃねェけど、なんというか、そういう次元の話じゃない。
「いいから、こっちの箱に入ってる服とか押し入れに突っ込んどいてくんねェ?」
「……ごめん」
 顔も心も揃ってしょげてしまった刻阪に、とりあえず一番安全そうな仕事を頼む。……それだって、結構大変なんだぞ刻阪。だって服って重てェしよ。

 そんなこんなで、潰した段ボールがダイニングの片隅で山になった頃。
「……どうしよう神峰、大問題だ」
「ああ、これはさすがに……」
 オレと刻阪は、二人して腕を組んで眺めるしかできなかった。
 二つある部屋の片方に、でんと鎮座まします――ピアノを。
「このままだと、ベッドなんかとても入らないぞ。というか、床でも寝れるか?」
「……無理、だろうな。だってそのうち机とかも置きてェもん」
「かといって、もうひとつの方もそんな広くないよな? 僕もサックス置く場所必要だし」
「困ったな……」
 思わずため息をついた。そう、オレたちが困っていたのは、楓さんの餞別でもらったこのアップライトの電子ピアノをどこに置くか。そして、オレたちがどこでどう寝るか、って事だった。
 オレたちが住むことになるこの部屋の間取りは2DK。マンション自体は築二十年以上経ってるって話だが、まあわりと綺麗だ。風呂とトイレは別だし、キッチンもちゃんとしてる。そして二つある部屋を、オレと刻阪がそれぞれ所有することになる――それはいいのだが、その部屋というのが、刻阪のはもちろんのこと、オレの実家の部屋よりも狭いというシロモノだった。さすが東京、こんな家賃すんのに部屋はそんなモンなのか。しかも片方の部屋には押し入れすらねェという有り様。
 お互い生活用品は持ち込んでるし、そもそも楽器とか楽譜とかで持ち物が多い。それに追い打ちをかけるかのように、ピアノだ。もらった時はスゲェ有り難ェって思ったけど、こいつがあるおかげで、片方の部屋はすぐいっぱいになってしまうのだ。
「オレ、ピアノのすぐ横で寝たくねェぞ。地震きたら倒れそうじゃねェか」
「ああ、そういうのも考えないといけないのか。僕はピアノいらないから、神峰が使う方にピアノ置いたらいいんじゃないかって思っただけなんだけど」
「いや、それはイイんだよ。オレも自分の部屋にピアノある方が嬉しい」
「……って言ってるそばから悪いけど、ダイニングに置くっていうのは」
「却下。どう考えても入り口かキッチンか塞がるだろ!」
 そして二人してため息。ダメだ、多分刻阪もオレも疲れてる、ろくにイイ考えが浮かばない。ていうか、今からピアノ動かすとかメンドくせェ……のは、言っちゃダメだよな、うん。
 こうなったら、もうこうするしかないんだろうか。
 実のところ、オレには最初からあった考えがあった。でも、これって刻阪イヤだよなぁ……と思っていたら。
「神峰。こうなったら、もう一つしか手段はないと思う」
「へっ?」
「神峰の部屋の方は、もうピアノの部屋にしてさ。寝る時は、僕の部屋で布団敷こう」
 そう言った刻阪は、顔も心も大真面目だった。……どうやら同じこと考えてたらしい。ってのに、ちょっとビックリしたけど。
「いいのか? ……だって、お前ずっとベッドだったんだろ」
「そんなのはどうでもいいよ。それより、僕と一緒に寝るのイヤじゃない?」
「……別に、気にしねェよ。つーかお前は?」
「僕は気にしないよ」
 ニッコリと刻阪が頷く。じゃあ決まりだね、そう言って、組み立てかけたベッド枠をあっさりと片付け始めた。……まあ、いいか。一緒に寝るとか、合宿でも何回かやってるし、そのうち慣れるよな、お互いに。

 それからまた何時間か経って、やっと片付けにケリがついた。一応、収まるべきところになんとかモノが収まったくらいだけど、まあそれは追々やっていけばいいよな。そんな事より今は、
「刻阪、オレ腹減った……」
「だよな。今日はこれぐらいにして、ご飯買いに行こう」
「そーだな。まだガス通ってねェし、コンビニでいっか」
 二人してマンションの外に出る。スマホの地図で見ると、コンビニは歩いて五分くらいのところにあるみてェだ。スゲェ助かるな、コレ。
 外はもう暗くなりかけていたけれど、まだ沈み切っていない夕陽が真っ直ぐ目に入って眩しい。そんな中で。
「あ、神峰。桜だよ、アレ」
 ふと、刻阪が指を差す。その方を見れば、オレたちの住むマンションの敷地内に桜が並んでいるのが見えた。
「へえ……」
 何とはなしに近づいて、二人で桜を見上げた。まだ三月だけど、もうあちこちでつぼみが開きかけている。
 ――そうだよな、春が来るんだ。何もかも新しいことが、これから始まっていく。今日はまだ、やっとその場所に立ったばっかりなんだ。
「……良かった」
「え?」
 振り返ると、刻阪がやけに嬉しそうにしている。
「神峰、いい顔してるから」
「は、ハァ!?」
 いっ、いきなり何言ってんのコイツ!?
「だって、前言ってただろ、桜苦手だって。だけど、今はなんか嬉しそうに見える」
「……そ、そうかな」
 思わず、自分の頬を撫でてみる。そんなに笑ってたつもりは無ェんだけど……。
 でも確かに、少しワクワクしてるかもしれねェ。今刻阪とここにいるのは、自分でちゃんと考えて選んだ道だから。――始まりの予感で体が震えるなんて初めてだ。桜が、昔オレが苦手だった『出会いと別れの象徴』とは全然違う意味で、今目の前で咲こうとしている。
「これから楽しみだな、神峰」
 そんなオレの心を、まるで見透かしたかのように刻阪が言う。刻阪は『見』えねェはずなのに、不思議だ。
「……そう、だな」
「僕らの未来の為に、頑張ろう」
 迷いなくそう言い切った刻阪が、なんでか眩しくて。きっと、心がきらきらと期待に輝いているからだ。多分、オレよりもよっぽど嬉しそうにしてると思う。
「よし、それじゃ行こうか」
「おうっ」
 頷いて、刻阪の後について歩く。……やっぱり、こいつが一緒で良かった。面と向かってなんて絶対言わねェけど、心からそう思う。家事能力はてんでダメだったっていうのに、颯爽と歩く刻阪の姿を見ていると、やっぱり頼もしく見えるんだ。
 知らない場所でも、どんな怖ェ目にあっても、刻阪と一緒なら大丈夫。そう思えることってスゲェ有り難ェな――なんて、こっそりそんな気持ちを噛みしめていたのだった。

 ま、その後見事道に迷ったってのは、お約束ってヤツかな。

+ + + + +

<サンプル2>

 気づいたら、僕らが大学へ入ってから半年も経っていた。肌を撫でる空気はすっかり涼しくなって、長袖のシャツが心地いい。って、僕は夏もあんまり半袖着てないけど。
 僕らの生活も、少し変わってきた。一年の後期に入って、音楽学部共通の授業が減ってきたのだ。僕は器楽科のサックス専攻、神峰は指揮科。当然、学ぶことが違えば授業の時間割もばらけてくる。最初は並んで走り出したけれど、少しずつ、僕らの行く道は分かれ始めている。
 だから、最近は家にいても、神峰と一緒にいる時間はあまりなかった。たまにお互いが帰ってくる時間が合っても、神峰はいつも疲れ切っていて、口数も少ない。
 無理もない。今音楽学部は校内での定期演奏会のラッシュが控えている。指揮科の神峰も、一つオーケストラの曲を振る事になっており、プログラムの重要な一角を担っていた。
 当然、その定期演奏会の評価は成績、ひいては将来へダイレクトに影響する。神峰自身はもちろん、神峰が指揮するオーケストラの演奏者ひとりひとりが、みんなそうなのだ。指揮者にかかるプレッシャーは、鳴苑高校時代における全国大会の比にならないんじゃないか、と僕は思う。
 僕自身も、練習が質量ともに最近はますます充実している。しんどい時もあるけど、音楽に没頭できてる今がすごく幸せな状況には違いない。違いないんだけど……。
「寂しいって思うのは、やっぱりおかしいのかな……?」
 楽譜を放り出して呟く。今日は合奏練習もない上、練習室の予約も取れなかったから、仕方なく家に帰っていた。まぁ、溜まってる課題を片付けるにはちょうど良かったんだけどさ。
 でも、そんなことより心に引っかかっている事があった。それは、今日学生食堂でした、とある会話だ。
『ルームシェアってさ、大変じゃねぇ?』
 ふと言い出したのは、直前まで一緒に練習していた同じサックスパート所属の、一つ上の先輩だった。
『だってよー、疲れて帰っても誰かいるんだぜ? それって気が休まらないだろ、絶対』
 家族とだってイヤだぞ俺は、と、埼玉の実家から通っている彼は言った。でも、言われた僕はピンと来ない。神峰とは高校の時からずっと親しい存在だし、顔を合わせても音楽の話とかずっと出来るのはすごく楽しい。気詰まりとか、ケンカでもしなければ感じたことはない。
『うわ、ホント真性の音楽バカかよ〜、やっぱ天才は違うなぁ』
 別に、そういうのは関係なくないかなぁ。
 すると、今度は別の――確か、トランペット奏者の同級生がこう言った。
『でもさ、マイペースで過ごせないのイヤじゃない? 寝る時間とか生活態度とかさ、合わないとすぐ喧嘩になるってよく言うしさ。その点、一人暮らしだったら何でもし放題だよー、し過ぎると後で家事大変だけどなー』
 一人でそう言って笑い出した彼は、大学の寮で一人暮らしをしていたはずだ。
 別に、それも気になったことはない。寝る部屋だって神峰と一緒だけど何の不便もないし、っていうか、そもそも神峰がいなければ僕は親元を離れて暮らすこともできなかったんだから。
 って返したら、二人とも急に黙り込んでしまった。――はて、僕は何かおかしい事を言ったんだろうか。
 状況が掴めずにいると、二人は顔を見合わせた。そして、サックスパートの先輩が神妙な顔をして言った。
『……こりゃ、変なウワサが出ても無理ねえな』
『仲良すぎますよ、この二人。ねえ?』
 トランペット奏者の同級生も肩を竦めた。ウワサって一体?
 目を白黒させた僕に教えてくれたのは、同級生の方だった。
『指揮科の神峰翔太と天才サックス奏者の刻阪響、付き合ってんじゃないのって話があるの』
 は? 付き合うって、どういうことだ?
『ちらほら目撃情報があんのよ。大体楽器店には二人でいるとか、近所のケーキ屋で二人でケーキ食べてたとか』
 確かに、大学の近所にある大型の楽器店は二人で帰りによく寄っていく場所だし、ケーキ屋さんにも、一人で入るのを躊躇う神峰に付き合って、二、三度二人で行ったこともある。でも、どうしてそれで付き合うって話になるんだろう。
 別に、僕も神峰も男なんだし。
『――ほら、お前は天才とか言われてるしファンとかいるし、神峰もあれで結構破天荒でしょ? だから、目立つんだよ』
『そうそう、ソレでネタにしたがる奴が一定数いるって事だ。まあ、当の本人からしたらメーワクな話に過ぎねえが。俺だってそんな話どーでもイイわって思ってたけどよォ』
『少なくとも、寝る部屋まで一緒でなんのストレスもないっていうのは、ちょっと俺には理解できないな』
 ……ふーん、みんなはそう思うのか。でも、僕と神峰は仲のいい友達ってだけだし、寝る部屋が一緒でも、二人で納得してれば何の問題もないんじゃないかなって思う。
『まあ、お前がそれでいいならイイんじゃねぇの。とりあえず、俺は演奏会成功すりゃなんでもいいわ』
『そりゃ極論ですよ先輩』
 と言って、二人が笑いあう。そこへ、僕の携帯が振動した。神峰からのメッセージだ。――そっか、今日も練習長いのか。
『なんだ、誰かからか?』
 神峰からですよ、今日は遅くなるって。また一人でご飯食べないといけないって、なんかイヤですね。
 そう返したら、二人ともまた黙ってしまった。今度はなんか、信じられないようなものを見る目で。ああ、こういう時神峰だったら、相手が何を思っているか分かっちゃうんだろうか。
 たっぷり間を置いてから、同級生が大真面目に僕に言った。
『刻阪、やっぱり神峰のこと好きすぎだね、マジで』




+ + + + +

サンプルは以上になります。
当日はどうぞよろしくお願いします!

Up Date→'16/6/6


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