勇気と想いのカタチ


 
 冷たい空気が肌を刺す2月。
 帰り道を辿っていた神峰の目に、あるものが入ってきた。

「バレンタイン…」

 ココア色とピンクで飾られた店先。そういや近いんだっけ、と思う。
 POPの写真に載っている可愛らしくも美味しそうなチョコを見て、思わず神峰の口の中に唾が湧いてくる。って、そうじゃねェ!


 ―――今年は、渡すべきなんだろうか


 脳裏に浮かんだのは、人生初めての友人にして恋人になった刻阪響の事である。
 辛いものを好む彼は、甘いものが好きな自分ほどチョコには惹かれないだろうとは思う。
 けれど、そういう行事なんだから、渡すべきなんじゃないだろうか。渡したって、いいんじゃないだろうか。

「うー…」
 買いたい、けれど。
「ここじゃ買えねェよなあ…」

 どう考えても、女の子向けの飾り付けをされたその店でチョコを買う度胸は、神峰にはない。
 頭を抱えながらその店を離れた神峰がふと見つけたのは、コンビニだった。
 ここならそこまで勇気を出さなくていいかも、と思って、神峰はふらふらとコンビニに入る。

「わ、コンビニでもバレンタインやってんのか」
 店内の目立つ一角に、特設コーナーが出来ている。今まで意識していなかったが、そういえば毎年やっていた気がする。
 やっぱり女の子向けで華やかなコーナーの、その片隅に。

「…逆チョコ…」

 パッケージに商品名が逆さに印刷されているそれは、男性が女性にチョコを贈ったっていいじゃない!などと謳っていた。
 ―――これなら、オレが買っても大丈夫だよな
 そう思った神峰は、そのチョコをレジに持っていった。


 +


 そして、ついに到来したバレンタイン当日。
 いつ渡そうか、朝練の時からずっと気持ちをピリピリさせていた神峰だったが。
「神峰!」
「おうっ!?」
 先に刻阪から声を掛けられて、神峰の声がひっくり返った。
「練習終わったあと、空いてる?」
「へ?あ、ああ」
「良かった〜」
 そう言う刻阪は、心もきらきら嬉しそうだ。
「それじゃ、僕の家に来てくれるかな。あげたいものがあるんだ!」
「…わ、分かった!」

 神峰が頷くと、刻阪はじゃあよろしくーと手を振ってパート練習場所へ去っていってしまった。

 ―――あれ、おかしいな?

 その背中を見送りながら、神峰は疑問に――というか、ほぼ確信するように思った。

(あげたいもの、って、まさか)



 その、まさかであった。
「じゃーん、ザッハトルテだよ!」
 招かれた刻阪家のリビングで、出されたのは濃厚なチョコレートがたっぷりかかったケーキであった。

「す、すげェ!何コレ!?」
 予想通りとはいえ、予想をはるかに超える美味しそうな代物に、神峰は思わず叫んでしまう。
「姉さんが教えてくれたんだ。すごく美味しかったから神峰にあげたいと思ってさ」
 慣れた手つきでケーキを切り分けながら、刻阪が説明する。


「それに、今日はバレンタインだろ?」


 一口サイズになったチョコレートケーキをフォークに取って、刻阪は微笑む。
「…な、何だよコレ」
「あーん、だよ神峰」
「う…」

 ―――メッチャナチュラルにバレンタインやってるよこいつ!!

 あっさり豪華なチョコレートケーキを買ってきて、あっさりあーん、みたいな甘いことやらせようとしてきて。
 そのくせ刻阪の心はちょっと浮かれてるくらいで、あとはまったくの「普通」なのだ。
 チョコを買うのにもいちいち悩んでいた自分はなんだったんだろうと思ってしまう。つーか、今すんげー恥ずかしいんだけど!?

 けれど、目の前に差し出されたケーキはやっぱりすごく美味しそうで。
「ほら、神峰」
「…あー」
 促されて口を開けて、刻阪が差し出したケーキを受け止める。

「……メッチャ旨ェ……」

 顔が緩むのが嫌でも分かる。今まで食べた中でも飛び抜けて美味しかった。
 甘くて、ほろ苦くて、ちょっぴりアプリコットの風味が効いていて。
「…神峰、すごく幸せそうな顔してる」
「だって旨ェんだもん…」
「ふふ、可愛いなぁ」

 はい、もう一口。と刻阪がまたフォークを口元によこしてくる。
 またかよ、と恥ずかしくなりながらも、今度は素直に口を開けてみる。
 そしたら、心底嬉しそうに刻阪は笑顔を浮かべたのだった。


 そうして美味しいケーキと甘い笑顔を受け取っていた神峰だったが、心の片隅には、自分があげるつもりだったチョコレートのパッケージが引っ掛かっていた。


 +


 ケーキを食べながら、他愛ない話をしていた二人だったが。
「んー、ちょっとトイレ行ってくるな」
「ああ」
 トイレに、と刻阪がリビングを出た。
 それを見送ってから、神峰はひっそりと鞄に入れていたパッケージを取り出す。

(…渡せないよな、こんなの…)

 ふう、とため息をついてしまう。
 刻阪がくれたケーキは、本当に美味しかった。美味しかったからこそ、これを渡す事にためらってしまうのだ。
 自分が用意したものと、刻阪がくれたものに、あまりにも落差がありすぎて。
 もう少し、気の利いたものを買えば良かったなァ――と、もう一度ため息をついたその時。

「神峰、何ソレ?」
「うわっ!?」

 トイレから帰った刻阪が、神峰の手元を覗きこんでいた。なんと間の悪い。
「…誰かから貰ったのか?」
 聞き方は何気ない風だったが、刻阪の「心」にちりっと火が点いたのが見えてしまって、神峰は焦る。
「ち、ちがっ、コレはオレが…!」
「え?」
(い、言えっ、オレ!言うんだ!)
 声が震えそうになるのを、神峰は自分で叱咤する。そして。


「オレが買ったんだよ! …お、お前に、あげようと、思って…」


「…そうなの?」
 刻阪は、きょとんと目を開いた。
「そーだよ…」
 恥ずかしくて、目を反らしながらも神峰は頷く。すると、刻阪が苦笑した。
「そうならそうと早く言ってくれよ、ちょっと焦っちゃったじゃないか」
「だって…大したものじゃねェから…刻阪があんまり旨ェのくれるし…」
「それこそ大した事じゃないよ。だって神峰が僕のために買ってきてくれたんだろ?」

 嬉しいよ、すごく。
 そう言って、刻阪はぎゅっと神峰を抱きしめた。

「うう、刻阪ぁ…」
「ありがとな、神峰」
 神峰は自分もしがみついて、刻阪の優しさと温もりを噛み締める。
 勇気を出して――いや、ちょっと出しきれなかった所はあったけれど、でも本当に良かった。そう思う。
 だからこそ、神峰は約束する。

「…次は、もっといいもんやるから」
「うん、分かった。待ってる」
「ああ! …あと、あのケーキまた食いてェ、かも…」
「ふふ、分かったよ。また来年な」


 約束しながら、来年にはもっと勇気を出せるようになりたいな、と思った神峰だった。
 大切な人への想いを、残らず形にして伝えられるようになる、そのために。





end.


+ + + + +

例によって大遅刻ごめんなさい><な季節ネタでした。
タイトルセンスが切に欲しい。

Up Date→'14/2/25


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