※企画に提出




9月という単語が俺の頭をよぎったのは、まだ空気が湿っている雨上がりの街を見つめている時だった。

9月9月。9月には何があったっけ。ふと考え出すといつまでもそれは気になりだすもので。そしてそれはなんだかワクワクするものだった。

9月、9月。911事件、それから百科事典をひくと、9/30事件が出てきた。事件ばっかりだなぁ。

それから俺のまわりでは何があったっけな。
9月、あぁ、そうだ。シズちゃんに最後に会ったのが、9月だった。




「それだけの理由で来たの?」
高校からの友人は、呆れたように笑ってコップを俺の前に置いた。
「…コーヒーか」
「あれ?好きじゃなかったっけ」
「いや、基本家ではコーヒーだけど」
「ははぁ、ココアだと思ったんでしょ」
俺は苦笑いしてコーヒーを一口飲んだ。
「苦いなぁ」
「好きでしょ、ブラック」
「まぁね」









「…臨也」
シズちゃんは眉をしかめた。
「何をしてる」
「あれ?キレないんだシズちゃん」
ふふと笑った。
遊びに来ちゃった、そう言ったら舌打ちして、今日だけだからなとボソボソ呟いてシズちゃんは居間に通してくれた。
「何で俺を見てもキレないの」
「手前が池袋で変なことしてなければいいんじゃねぇの」
気分によるな、とシズちゃんは台所から出てきてコップを俺の前に置いた。
「シズちゃんココア好きだよね」
「悪い、コーヒー切らしてんだ」
「そんなこと言って、シズちゃんの家でココア以外出されたことないんだけど」


いいじゃねぇか、もう夏じゃねえんだしホットココアうまいだろ。シズちゃんは口を尖らせた。
「シズちゃん夏好きだよね」
「そうか?」
「夏ってだけでキラキラしてた」

そんな子供みたいな、シズちゃんは抗議の声をあげた。でも本当のことだし。俺に妙にキラキラした笑顔でぶん殴りたいと言ってきたことは多分もう一生忘れない。

「でも俺は、あえて9月のシズちゃんが好き」
夏が去って行ききらない、でももうすぐ完全に去ってしまう。名残惜しそうに夏を見送るシズちゃんが妙にノスタルジックで俺は好きだったりする。
「そんな好きがあってたまるか」
折角俺が好きと言ってあげているのになんだその態度は。酷いなァ。
「まぁ俺の中のミス・セプテンバーはシズちゃんだね」
「ミスじゃねえし」
突っ込むのそこなんだ。


「俺はね、はっきり言って夏のシズちゃんは好きじゃない」
だってシズちゃんが笑うのも夏のおかげ、デレるのも夏のおかげ。しゃくじゃないか。
シズちゃんは呆れたように俺を見た。ココアをすする。
「でも9月のシズちゃん元気がない、そんな時が一番なんだ」
「なんだよ悪趣味だな」
眉をしかめたシズちゃんの顔が可愛くて、つい笑ってしまう。

「だってもし元気がないときのシズちゃんが笑ったら、それは完全に俺のおかげでしょ」
シズちゃんが笑える理由なんて、俺一人で充分だから。

「…俺はいつでもお前が理由で笑ってたけどな」
あ、お前といる時の笑い、な!そう言ってシズちゃんはそっぽを向いた。
「シズちゃん顔あかーい」
「るせぇ」
いたっ、そう言ってうずくまった。恥ずかしいからって頭を叩くのやめてよね。あぁ痛い。
「…そんなに痛いか?」
シズちゃんはちょっと困った顔をして俺を覗き込んだ。ちょ、その顔は反則だって。
勢いでシズちゃんに抱きつくとシズちゃんは少しびくりとしたが、やがて戸惑ったように俺の背中を優しく叩いた。
抱きしめる、シズちゃんをギュッと抱きしめる。そうすると、なんだかキュンと胸が苦しくなって、切ないような幸せなような、そんな甘酸っぱい、これが恋って奴か。
「ね、シズちゃん今幸せ?」
「…は、」
「もう夏のおかげなんかじゃないでしょ」
馬鹿、とまたはたかれた。痛い。

昔、新羅に俺のシズちゃんに対する愛を語ったことがある。そうしたら新羅に思いっきり笑われた。ドタチンには引かれた。後々それが発覚してシズちゃんに殴られた。

でも今ならば、いやむしろ今だから、届く気がするんだよね。

窓から空が見える。湿った空が乾いていくような、そんな色をしていた。


2010/12/5
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