夕陽の赤に染まる空を見るたびに、どうしようもなく懐かしくなる。
言い知れぬ既視感に襲われて、私はそれにふと立ち止まる。
あの人は一体、誰?
私が生徒会に入った事は先生達に広まり、すぐ全生徒に知れ渡った。らしい。
すれ違う人すれ違う人にさっと目をそらされると、ちょっとは気も滅入るというもんである。まーそんなの全く気にしてないけど。
だって私が生徒会に入ったって、隣を悠々と歩く唯一無二の友達、阿音は何ひとつ今までと変わらず接してくれてるんだもん。
それがあったかくて、わたしは肩の力を抜く事が出来る。
「何ニヤニヤしてんのよ気持ち悪い子ねー」
「えー?」
「でもまさかアンタが生徒会に入るとはねーとうとう頭おかしくなったかと思ったわよ」
まっさかあの高杉晋助の妹だなんて誰も思わないじゃない、と私の頭を小突く。
まあ、私と兄ちゃん全然似てないし。髪色も顔つきも身長も何一つとして似ている部位がない。生まれてこの方、「似てるね」なんて言われた事がないのはちょっとへこむ所。
あれ、でも
「あたしと兄ちゃん全然似てないよね?」
「毛ほども似てないわね」
"あー、誰かに似てると思ったら、高杉の妹か"
何で坂田先輩は、分かったんだろう?
「失礼しまーす、…」
授業をすべて終えた放課後。生徒会に入ったところでわたしは変わるつもりはなかったし、授業は全部出て服装も校則を守っている。
それでも校則を息苦しいと感じる事はあるし、周りの不平不満をきくことも多々ある。
いつか変えられたらいいんだけど。
生徒会室に入れば居たのは坂田先輩が1人。会長の席で足を机にかけながらぱらぱらとジャンプを読んでいた。
窓から差し込む光は朱色。照らされて先輩の銀色の髪はオレンジに染まる。
どきりと胸が高鳴った。
「おー名前じゃねーの。お疲れさん」
「疲れましたよー高校は勉強大変でついてくのにいっぱいいっぱいで」
私は誤魔化す用に笑って、ふかふかのソファにばふっと腰を下ろす。止まれ。鼓動。思い出したように私はあの質問をしてみた。
「先輩」
「うん?」
「私と兄ちゃん全然似てないのに、なんであの時わかったんですか?」
目をぱちくりさせて、動きを止める先輩に、何か不味い事言ったかなあと急激に不安になる。すると先輩はあー…とか罰の悪そうな顔をして目を逸らした。
「えー、うん、アレだよ」
「?」
「…お前は憶えてねーかもしんねえな、」
遠くの窓の外を見ながら、目を細める先輩は、少し寂しそうだった。何で先輩が、そんな顔をするんだろう。
「多分名前がまだ小学生だった頃だったか、」
坂田先輩とお兄ちゃんは、結構前から知り合いだったらしい。喧嘩っ早いお兄ちゃんと、隣町で暴れてた坂田先輩が出会うのは、まあある意味必然だったそうだ。
一喧嘩終えたらなんだか意気投合して、仲良くなったらしく、ちょくちょくこちらの町まで遊びに来ていた坂田先輩は、ある日いつものようにお兄ちゃんに会いに行く途中で、ぐずぐず泣きじゃくる小学生を見つけた。
いつもならスルーする所だが、何故か気になって声をかけてしまって。
「オイがきんちょ、どーした」
「…お兄ちゃん、誰?」
「善良な一般市民」
「兄ちゃんに知らない人には着いてっちゃだめって…あーでもまーいいや」
「いやよくねえだろ」
これ話しかけたのが俺じゃくてロリコン変態野郎だったらどーしてたんだこいつ。
「だって喧嘩したんだもん」
「兄ちゃんと?」
「だから兄ちゃんの言う事なんか聞かないのだ」
「いやいやいやそこは言う事聞けよ」
ランドセルについてる名前を確認すれば、『6‐3高杉名前』高杉?高杉なんて名字なかなかいねーよ。多分。
「…お前、兄ちゃんの名前は?」
「?しんすけ兄ちゃん?」
ビンゴだった。あいつそーいや妹いるとかいってた気がしなくもない。
盛大な溜め息をついて、俺はひょいっとそいつを持ち上げる。ぎゃーという叫び声と共に、きゃっきゃっとはしゃぎだす。能天気だな小学生とか思いながら。
「いーかよく聞けよ小学生」
「なに?」
「人間はなくしてからじゃねえと大切なもんに気付けねー馬鹿だ」
「うん」
「だけどな、」
前にはでっかい夕陽。赤く染まる空。もう夕方だ。日が落ちる前に、帰そう。
「もしかしたら明日いなくなるかもしれない。今この瞬間に消えちまうかもしれねェ。仲直りしないまま、兄ちゃんと離れちまったら嫌だろ?」
「…兄ちゃんいなくなっちゃうの?」
「例えだけどな」
「……それは嫌」
「だったら兄ちゃんと仲直りして、大切なもん大切にしとけ。人生何が起こるかわかんねえんだ」
「うん!」
ああ、思い出した。あれは坂田先輩だったんだ。喧嘩した内容はもう忘れてしまった。忘れてしまうほど、些細な事だったんだと思う。
でもわたしの中に、坂田先輩の言葉は残っていたよ。
「だから"高杉名前"って名乗ってた時は驚いた」
「道で会った時はわかんなかったんですね?」
「だってよ、」
がたりと椅子から立ち上がって、こちらへ歩いてくる坂田先輩の表情は、逆光でわからない。ばふっとソファの隣に座って、真っ直ぐにこちらへ視線を向ける。
あの意地の悪い顔で、にやりと笑った。
「こんなに綺麗んなってちゃわかんねえよ、」
ふわり、と先輩の指がわたしの髪を絡めとる。確信犯だ。この人。わたしはまんまとはまって顔に熱が集中するのがわかった。ずるい。ずるすぎる。わたしだって坂田先輩、かっこよすぎてわかんなかったよ。
鼓動よ。止まれ。うるさいくらい耳につく音が、わたしに自覚させる。
先輩。わたしは先輩の事が好きなんです。
いちいちそう、ゆうこと、しないでください。私に期待させないでください。私を惑わさないでください。
それが出来ないなら、いっそ好きって言ってください。
そんな事言えるはずもないけれど。確かに私は先輩に恋をしている。それだけは言える事。
先輩。先輩はどう思ってるんですか。
一番聞きたい事はいつも口から出てきてくれやしない。