うちの学校には
夜叉 と 鬼 がいる



それはぽろりとお兄ちゃんが溢した唯一の学校の情報だった。それについてを詳しく知ることとなったのは、ある日の午後。学校にも馴染んできて、友達の阿音とお昼を食べていた時のこと。


「違うわよ、それ」
「うん?」
「うちの学校の伝説は"夜叉"と"鬼"と"獣"の三人だわ」


それは初耳である。兄ちゃんなんで隠したんだろ。知られたくないのかもしれないけど。


「この近辺の治安が悪かったのと、近隣の学校、すっごいガラ悪いのは知ってるわよね?」
「うんにゃ、知らない」
「アンタ世の中に疎すぎるわよ…」


阿音が冷たい視線を投げかけてくる。溜め息もつかれた。ご、ごめんなさいとつい謝ってしまう。


「それで先生達も困ってたのよ。そこにね、三人の生徒が"平和にする"って名乗りをあげてきた」
「ふむふむ」
「その三人は恐ろしいくらい喧嘩が強くて、ばっきばっき道行くヤンキーをなぎ倒して、恐怖心を植え付けたらしいわ」
「ほー…それでこの学校も平和になった、と」
「そうゆうこと。だけど、その三人はこの近辺の治安を守るのと引き換えに、自分達のする事には一切口出ししないってゆう条件をつけてきたのよ」
「そりゃあまた、」

私は面白い人たちだなあ、とかのんきに考えていた。

「それから畏怖の念を込めて獣、鬼、そしてリーダーとゆうか主犯?が夜叉って呼ばれるようになったらしいわよ」

さくっとウインナーに刺さったお箸の手を、ふと止める。

「あれ?じゃあその三人って結局誰なわけ?」
「そんなの決まってんじゃない!んなことするのは、」


「名前ー」


扉ごしに名前を呼ばれて振り返ると、そこには坂田先輩がいた。偶然って素晴らしい!


「坂田先輩!どうしたんですか?」
「これから食堂いくとこー」
「またいちごミルクパンですか?」
「そーゆーこと」

笑う先輩につられて私も笑う。あーうれしいなー。たまにこうして話せる事が、なにより最近の楽しみである。


「今日はお兄ちゃん一緒じゃないんですね?」
「あーアイツは毎日弁当だから、…まさか作ってんの、名前?」
「あー…はい。お兄ちゃんやらないと何にもしないから…」
「…後でおかず何か強奪してやろ」

ぼそっと呟く先輩にへ?と聞き返すと、何でもねーよと軽く頭を叩かれた。


「お前なんか部活か委員会決めたか?」
「いやまだ悩んでるんですよね…どうしよっかな」


いきなり先輩が「手ェだして」と言うから私は頭に3つくらい疑問符を浮かべながらそろそろと両手を差し出す。

ばらり と

先輩はわたしの顔の高さまでかがんで、両手に溢れんばかりのあめ玉を落とした。


「生徒会はいつでも役員募集してっから、な?」


ぽんぽんと頭を撫でられて、笑う先輩に私の胸は破裂寸前。
先輩、顔が近い、です。いやほんと。まじで。やばい。ちょ。ばくばくばくばく。今なら心臓破裂して死ねるかもしれない。

落とされたのはあめ玉だけじゃないみたいですよ。先輩。


「じゃーなー」とひらひら手を振りながら、坂田先輩はのろのろ歩いていく。慌ててありがとうございます!と叫ぶと先輩は振り向いて、満天の笑顔で笑った。
生徒会、かあ。おさまらない高鳴る胸をぎゅっとおさえて、足早に阿音の元へ戻る。


「ただいま!」
「…アンタ、知り合いなの?生徒会長と」


阿音からの質問にまたわたしの顔の上には疑問符が浮かぶ。阿音、顔が強ばってる。


「…わかってる?」
「??何を?」

「生徒会よ」

…………え?

「"鬼"に"獣"、そして"夜叉"。その三人は、現生徒会役員なの!!」


阿音の言葉に私の脳味噌が追い付けない。どうゆうこと?それは、つまり、


「"鬼の副会長"土方十四郎に、"獣の破壊神"高杉晋助、そして"白夜叉"生徒会長…坂田銀時よ」



私は手のひらに溢れんばかりのあめ玉を見つめた。その中のひとつをおもむろに開けて、私はあめ玉を口に放り込む。甘いなあ。口の中に溶けて、甘さが広がっていく。


「でも、悪い人たちじゃないよ」


私はぽつりと呟いて、もらったあめ玉をポケットに突っ込む。
すごい甘党で、会うたびにお菓子をくれて、食堂ではいっつもいちごみるくパンを買っては幸せそうな顔で頬張る坂田先輩。たまに意地悪だけど本当はすっごいお人好しで、いつも笑ってて。

兄ちゃん。

ただの馬鹿で、後先考えず自分のしたいことしたいようにしてる自由人で、喧嘩とか大好きで、だけど、私の事いつも心配してくれてる事。大切に思ってくれてる事。知ってるよ。


私は阿音の制止も聞かず、走り出した。














私がまだ中学生の時。
町で小中学生の誘拐事件が横行した事があった。



「…兄ちゃん、」
「名前?」


ばたんと勢い良く生徒会室と書かれた扉を開くとソファにふんぞりかえって弁当を食べる兄がいた。どこまでも空気を読まない兄である。
そんな兄ちゃんだからこそ、わたしはほっとした。


「生徒会について、聞いたんだけど」
「…………あー」


罰の悪そうな顔をして弁当を食べる手を止める。あ、やっぱりピーマン残してる。いつも食べてって言ってんのに。


「私のためでしょ」
「……」


少し前に、誘拐事件があった。私は被害者だった。未遂で終わったけれど。
犯人はまだ捕まってないらしい。
兄ちゃんは保護された私を見るや否や私の事を思いっきり潰れる位ぎゅうと抱き締めて、掠れる声でごめんと謝った。兄ちゃんの力の入った体は、心なしか震えていて。全然、兄ちゃんのせいじゃないのにね。ばか兄ちゃん。私は兄ちゃんに抱きしめられながら、泣いた。
その頃からじゃないだろうか。兄ちゃんが喧嘩上等みたいな旗あげて、町で暴れ回り始めたのは。

私が知らないわけないじゃないか。

だってわたし兄ちゃんの妹だよ。


「兄ちゃんありがとう」
「!」
「ずっとあたしの事護ってくれてたんだね」
「俺はただ喧嘩が好きなだけだ、バーカ」


変な勘違いしてんじゃねえよ、と兄ちゃんは馬鹿にしたように笑う。私も笑った。兄ちゃんありがとう。大好き。


「ただいまー…ってあれ?名前じゃねえの」


がちゃりと開いた扉の向こうから顔を出したのは坂田先輩。銀色の髪が揺れる。"白夜叉"の坂田先輩。


「坂田先輩!」


でも私馬鹿なんです。いやもう本当、あり得ない位頭おかしいんです。
だってね、この人の姿を見るだけで、声を聴けるだけで、名前を呼ばれるだけで、こんなにどきどきしてる。うるさい位に鼓動が高鳴る。
いちごみるくパンもってる先輩かわいいとか、思っちゃうんです。本当。


「先輩、わたし、」
「うん?」
「……おい銀時ィ、」


殺気、

を、感じて咄嗟にしゃがむと、後ろからもの凄いスピードで教科書が飛んできた。私が避けた事によってそのまま坂田先輩の顔に直撃。ばちん!と凄い音がして先輩がよろける。


「痛っ」
「わー!!坂田先輩!大丈夫ですか!」
「…オイオイオイ、いつの間にそんな仲良くなりやがったこの天パ野郎。下の名前で呼ぶたァいい度胸してんじゃねえの。うちの妹に手ェ出してんじゃねえ殺すぞ」
「うわー!兄ちゃんのばかー!!」
「たーかーすーぎー…」


「ストップ!!!」


とりあえず真ん中に割って入ると、なんとか二人の動きは止まった。私は一旦息を吐いて、思いっきり吸い込む。


「先輩、わたし、生徒会に入ります」


「「え?」」



ごめんね阿音。わたしは全校生徒から恐れられる生徒会役員になろうと思います。


「まじでか!!」

と顔を輝かせて、いきなり私に抱きついてきた先輩に、私が死にそうになったのと、兄ちゃんが絶叫したのは、また別の話。


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