大学の決まった人はもう学校に行かなくてよかったので、引越しの手続きやら荷造りやらで何とも無しに日々は過ぎていった。わたしは春から一人暮らしをすることになった。新しい土地。新しい人々。新しい生活。そんな中で、わたしは坂田くんとうまくやってけるのかな、

ただでさえ遠距離。それなのにも関わらず日常はそんなの関係無しにフルスピードで回転していくんだろう。

部屋を見渡せばもう私物はほとんど段ボールの中に詰め込まれている。ひとつひとつ物をつめるたびに、わたしはひとつひとつ思い出を思い出して、泣いた。
はじめて坂田くんとデートした時にかったぬいぐるみ。おそろいのストラップ。誕生日にもらったマグカップも、ゲームセンターでとったキーホルダーも、ぜんぶぜんぶ、宝物。

ピンポーンと呼び鈴が鳴る。わたしは鞄を掴んで玄関へ飛び出した。高校最後の式典が始まる。

「おはよう」
「はよ、」

ぐわっと大きなあくびをして、彼はわたしに笑いかける。わたしはそれだけの事で、胸がいっぱいになるのを感じた。ぎゅっと握られた手を握り返して、「いこうか」と私達は学校への道をゆっくりと歩きだした。

何回、この道を一緒に通っただろう。いろんな話をした。くだらない話も、ばかみたいな話も、一緒にいる時間がわたしは大好きだった。

「坂田くん」
「なにー」
「今日が最後なんだね」
「そーだなァ」
「もう坂田くんのぼろぼろのカーディガンも見納めかあ、好きだったんだけどな」
「もうそのセーラー服も見納めかー結構制服姿、好きだったんだけどなァ」

2人してお腹をかかえて笑った。終わるなんて嘘みたいだ。こんな日常が続いてくんだと、思ってたのにな、



卒業。
証書授与が終わって、長い長い校長の話が終わって、うだうだといろんな事が終わって。



ああ、ほんとに卒業するんだ、わたし。



実感が押し寄せてきて、わたしは大地讃頌を歌いながらぼろぼろ泣いた。
卒業生、退場。

先生方、ありがとうございました。出来の悪い子で迷惑いっぱいかけてごめんなさい。友達のみんな、たくさん笑ったね。くだらない事で馬鹿みたいに騒いで、ほんとにほんとに楽しかった。

坂田くん。



ぐいっ と
退場を終えた瞬間、わたしは腕をひかれて前につんのめる。え、なに、誰、が、


「っ…坂田くん!」
「ブッチすんぞ!」

いつも以上に爽やかな笑顔で私の腕をひきながら、坂田くんは走る。わたしは半ば引きずられるように坂田くんについていった。後ろから先生の叫ぶ声が聴こえる。ごめんなさい先生。最後まで私達問題児みたいです。

辿り着いた先は屋上。ふたりしてぜえぜえ言いながら寝っころがって、あははははと声をあげて笑った。


「先生おこってたねー」
「最後ぐらい許してくれんだろ」
「最後だからこそ許してくんないんじゃない?」
「かもしんねーな」




「…卒業しちゃったね」




渇いた空気に私達の声だけが木霊する。空は果てしなく青い。雲1つない晴天だった。


「ねー坂田くん」
「んー?」
「不安になることも、嫌になることも、たくさんあると思う」
「ああ」
「でも、わたしはきっと、ずっと、坂田くんが好きだよ」


体を起こすと、坂田くんが後ろから強く強く抱き締めてくれた。ぎゅうっと、潰れるくらい強く、抱き締めてくれた。



「ほんとはな、」
「うん」
「俺はそんないい人間じゃねーから、」


弱々しく呟く坂田くんの表情は、見えないから。わたしの顔もみえてないだろう。

ぽたぽたとコンクリートに染みをつくっていく。


「普通に嫉妬もするし、ずっと一人占めしてたいとか、思う」

私はとっくに泣いていた。ぼろぼろと零れる涙は止まる兆しをみせない。ぎゅっと、まわされた腕に力がはいった。


「行くな、って言いたくなっちまう」
「っ……」
「かわんねーよ。俺は、どんだけ離れてたってお前の事が、好きだ」




坂田くん。

私は後ろを向いて、坂田くんにキスをした。思いきりそのまま抱き締められて、私の涙腺も崩壊したまま。


ここで坂田くんと何回キスをしたんだろう。全部覚えていたい。坂田くんとしたこと。坂田くんと見たもの。坂田くんと過ごした、日々。

思い出は儚くて、いつか忘れてしまう時がきても。


ぜんぶ。ぜんぶ。


「電話する」
「メールもする」
「会いたくなったら会いに行く」
「帰ってくるよ」
「なんかあったらすぐ」
「飛んでくる」
「卒業したら迎えに行く」
「いつまででも待ってる」


愛なんて不確かなもの信じていられるかわからない。でも信じていたかった。だってまだ10代だし。まだまだ青い子供だから。わたしたち。


だから待ってるよ。
いつかきっとさらいにきて。

不安な夜は愛を囁いて
負けそうになったら思い出して
何かあったら迷わず連絡して




「愛してる」










ありがとう
さようなら
私達の青春





















そしてあれから4年がたって。振り返ってみれば、まあなんとゆうか本当に青臭いことばっか言ってたなあと思う。若さってこわい。若さと馬鹿さはイコールだと思う。うわあ。

4年ですってよ。
長いようで短かった。京都にきて、どたばたとがむしゃらに走ってるうちにあっとゆう間に4年なんて過ぎ去ってしまった。

わたしと坂田くんですか?
もう4年会ってません。つまりこの4年間何だかんだ一回も2人して会わなかったんです。寂しくなかった?寂しくなんてありませんでしたよ。ええ。ええ。まったくもって寂しくなんかなかった。

ピンポーン

インターホンが鳴り響く。こんな時間に誰だろう。あ、宅配便かなあ。この間頼んだCD、届いたのかも。

「はーい」
「宅配便でーす」
「はいはーい」
「ここにサインお願いしまーす」


「……さかた、くん?」


帽子をとった彼はくるくるパーマに銀色の髪の毛。いちご牛乳ばっかり飲んでるあの坂田くんだった。

私の好きな、坂田くんだった。


「迎えにきた」
「ほんとに?」
「本当じゃなかったらこんなとこいねーよ」

優しく笑う坂田くんは、私の額にちゅっとキスをして。ごめんなさい。嘘です。ほんとはずっと寂しかったです。会えないのがどーしても歯痒かったです。涙がとまんないです。
やっぱりわたしは、坂田くんの事が好きです。


「で?サインは?」


ひらひらと揺れるのは婚姻届。そんなもの後で有り余るほど書いてあげるってば。
わたしは彼の腹部に抱きついて、彼もぎゅっと抱き締めてくれた。坂田くんとわたし。あーわたしこれから名字坂田になります。こんな嬉しいことってもうない。


「結婚しよ」
「よろこんで」







坂田くんとわたし。
ハッピーエンドでこれにておしまい。


2010.04.08.



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