「銀ちゃんせんせーっ!おはよーおきてー!」
朝目覚めると(とゆうか目覚まされると)、目の前に名前がいた。どうやら昨日そのままソファで一晩寝てしまったらしい。
夢かと思って二度寝しようとして、夢でないことを再確認。
名前がにやにやと笑いながらこちらを眺めていた。
「…はよー」
「おはようー!朝ごはん出来てるから冷めないうちに食べて!私先学校行くから」
にっこりと笑う名前は、気付けばもう既に制服を着ていて、身なりも整えて準備は完了しているようだった。
いつの間に取ってきたのだろう。
尋ねてみると、朝起きてすぐに取りに行ったそうで、小さなトランクケースが1つ、はじっこにちょこんと置かれていた。
これだけの荷物で、半年もの間ずっと一人で暮らしていたのだろうか。
「…あれ、」
気付くと部屋がごみ1つ無い綺麗な部屋になっていた。
言わずもがな名前がやったのだろう。
「…そんないい子じゃなくてもいいんですが」
「先生何か言ったー?」
いや何も、と言って1つ溜め息をついた。
「それじゃあいってきまーす」
「おう、いってら」
そう言ってひらひら手を振ると、名前は玄関で一旦立ち止まって、泣きそうな顔でこちらを振り返った。
「銀ちゃんせんせ、」
「んー?どした、怪我でもしたか」
そう言って立ち上がって名前の元まで行くと、いきなり腹部あたりにぎゅーっと抱きついてきて、顔を埋めるようにして、ううん、と首を横に振った。
「行ってらっしゃいって、いいね」
腰に回した腕の力が、ぎゅっと強まる。
そうだな、と言って優しく頭をぽんぽん叩いてやると、えへへと笑って埋めてた顔を出した。赤くなった目を真っ直ぐ見据えて、見上げる彼女の顔は、きっと何日も泣いたんだろう事を、容易に想像させて。
「ご飯一緒に食べるひとがいたりとか、作ってあげるひとがいたりとか、おはようとかただいまとかおやすみとか、そうゆう事がいちいち嬉しくって、」
「ん」
「そうゆうの、大切にしたい」
大切な人を失った辛さも、当たり前が欠落した悲しみも、どれだけの物を背負って何度、この子は一人で涙を流したのだろう。
こちらからもぎゅっと抱きしめ返すと、動揺したみたいであたふたしていた。
「名前」
「は、はい」
その震える声に吹き出しそうになるのを堪えて、頭をくしゃくしゃ撫でる。
愛しさが込み上げてきた。
「朝ご飯は皆一緒に食べること。コレ、坂田家の家訓」
きょとんとした名前の顔がみるみる輝いていくのがわかる。その光景が面白すぎて、堪えきれなくなって吹き出すと、何ー?と言って片頬を膨らませる彼女が本当に可愛いくて。
「冷める前に早く食べましょーか」
「うん!」
参ったね、コレ
深みに嵌まりそうだ
つい昨日までは、先生の前で笑ったり泣いたり、そんなことするなんて思っても見なかったのになあ、とリビングに戻った私は一息吐きながら染々と思っていた。
私が思ってた以上に先生は、私の事を温かく、優しく、包みこんでくれた。私にまた日常を取り戻してくれた。
これから先、私達は先生と生徒。
問題は山積みだろう。
それでも今は、この細やかな幸せを、手放したくはないと、そう思った。
無 自 覚
大切にしまった、私のきもち