そんなこんなで合宿は終わり、また東京で過ごす暑い暑い夏が戻ってきた、なんて言い方はおかしいだろうか。
特に何事もない日常に戻った、とでも言うべきか。
「あー…づーい…」
いや、何もなかったなんて事はなく、あった。合宿から帰ってきた私たちの部屋は、南国か砂漠地帯か、はたまた赤道直下か。一言で言えば地獄だった。クーラーが、壊れてた。
蒸し風呂のような部屋の中で、窓は全開、おかげで私は1日中扇風機の前から離れられない。
「堪えろ名前ー週末に修理くっからあー」
「うにゃあー」
そのまま床に大の字に倒れれば向こう側に逆さまの先生の顔が見えた。
あ、この角度の先生かっこいいなあ。ぱたぱたと少し離れた所の椅子にぐったりと四肢を投げ出しながら私の赤下敷きで扇いでいる姿を見て、少しだけ心が和んだ。
久しぶりの休日だ。ここ最近はずっと出ずっぱりで休む間もなく先生は仕事、私は勉強に遊びに、徹していたものだからこうしてゆっくりと休む時間が出来たことに少しほっとする。
問題は冷房である。
「……あ、」
おもむろに携帯電話を取り出してぱかりと軽い音共に開くと、なんだなんだと先生は横目でこちらをちらりと見る。私はまだ寝そべったまま上方向に広がる逆さまの先生ににやりと笑った。アドレス帳を開いてとある番号をプッシュする。携帯じゃなくて、自宅の方。赤外線でプロフィールごともらっておいてよかった。
ここに至るまでにはこんな経緯がある。
夏休み前のこと。
「あー…もう暑いなあ…これ以上暑くなったらどうなっちゃうの、日本。もう終わりじゃない?日本」
まだ夏休みに入ってないにも関わらず三十度を超えている日本に、一抹の不安を覚える。やっぱり2012年に地球は滅びるのかな。悶々と考えながら、纏わりつく蒸した熱気と汗に、燦々と降り注ぐどぎつい陽射しに、早くもダウンしそうになる。
「…あ、しまった、トイレットペーパー安売りだっけ」
昨日チェックしておいたのになあ。暑さとゆうのは人から記憶さえも奪うのかーと全部暑さのせいにして、はあと重い溜め息を吐いた。スーパーまでの最短ルートを探す。だいぶ違う道を来てしまったので軌道修正をはからないといけなかった。
そこで右に曲がった所で事件は起こった。
「……タカスギくん?」
両手に抱えた大きなテレビ。頭に巻いたタオル。軍手。こちらを青い顔で眺めるその人は、紛れもなくうちのクラスの高杉晋助であった。
「おま……同じクラスの…」
「実家、電気屋さんなの?」
「!!!!!」
看板にははっきりと高杉電業とかかれている。ああなんか、知られたくなかったみたいだな。これ。
高杉くんは低く唸るような声で「ぜってー言うなよ」と念を圧された。
「あっじゃあかわりにさ!」
「!?」
ごそごそと鞄を漁ると底の方にそれはあって、取り出すのに少しだけ手間がかかった。
「アドレス教えて!」
「……は?」
今クラスの人のアドレス聞きまわってるところなんだーと言ってにこりと笑えば、ぽかんとしてた高杉くんは飽きれ気味にくつくつ笑った。
「変わってんな、お前」
「そーかなあ」
赤外線でぱぱっと送ってもらって、こちらもぱぱっと送ってしまえば、少しずつ増えてくアドレスナンバー。
そんなわけで、私は高杉電業に電話中なのです。
『…はい、高杉電業ですけど』
「高杉くん?わたしです」
『は?新手の詐偽か?ワタシワタシ詐偽とかもうふりーぞ』
突拍子もない事を言い出す高杉くんに、私は思わず吹き出した。だってまたこれが真面目なんだもん。声が。
「違うよー名字です。同じクラスの」
『ああ、お前か』
何の用だ、とぶっきらぼうに聞いてくる彼に私はくすくす笑ってしまう。電話ってゆうのも新鮮で、今まであんまり使わなかったけれどいいかもしれない。
「実はクーラーがね、壊れちゃったんだけど」
『は?修理?』
「お願いできない?」
『かったりい』
「口止め料だと思って」
『…………』
「おねがい!」
『……チッ仕方ねェ』
高杉くんという人は、結構いい人らしい。住所を告げて、ここからはあまり遠くないらしく、十分もあれば着くとの事だった。
「銀ちゃんせんせー電気屋さんきてくれるってよー」
「まじで?」
「高杉くん」
「……まじで?」
電 気 屋 さ ん
「あれ?でもまずくね?」
「??なにが?」
「俺ここにいたら」
「…………あ、」