昼間とはうって変わって静寂が夜の空気を包み込む。
風の音と波の音しかしない静かな海に、私は心地よさを感じてずっと動けずにいた。
海はすっかり満潮で、段差に座ればぱしゃりと足を濡らす。


潮の匂いがする。


「名前」


その声にゆっくりと振り返れば、視界でさらりと揺れる金色の髪。


「総悟くん」

「こんな遅くに何してんでィ」

「海風が気持ちよくて」


よっこらせっと私の隣に腰掛ける総悟くんに微笑めば、総悟くんもへらりと笑った。
一定の間隔で波が岸へ押し寄せる。


「総悟くん」

「何でィ」

「ありがとね」


そう呟けば目を丸くして、こちらを見た。私は遠くの空を見つめたまま。春から夏にかけてのかけがえのない日々を思い返す。


「総悟くんがいて、3Zのみんながいて、…先生がいて。みんな優しくて、みんな温かくて、こんな私でも居場所ができてね、」


ゆっくりと総悟くんの方を見れば総悟くんは何とも言えない顔をしていた。私は笑う。


「だから、ありがとう」


何も言わない私に、何も言わずに手を差し伸べてくれたこのクラスの人たち。
無償の愛を、たくさんたくさんくれた先生。

今度は私が返す番。




「それはおかしいんじゃねーですか」



その言葉に今度は私が目を丸くする。



「返すなんて言わないでくだせェ。皆あんたが好きでやってんだ。名前の事が大切だから、やってんでィ」




仲間ってそうゆうもんなんじゃねェの。




「だから名前も、返すんじゃねェ。受け止めて、名前も愛せばいいだけでさァ」



総悟くんの言葉はいつも真っ直ぐで、いつもストレートに私の心に届くから。
じわりと、視界が滲む。


「名前」

「うん?」

「これから言う事は、俺のただの独り言だ」


頭に疑問符を浮かべながらも私はゆっくり頷いた。総悟くんは笑った。今まで見た中で一番、穏やかな笑顔だった気がする。




「俺は名前の事が好きだ」




波の音が大きくなる。
反響する総悟くんの言葉に、私は思ってる以上に狼狽えていた。

え、

…………え?


「ま、銀八の野郎にまんまと持ってかれちまったけど」

「え、ちょ、ちょっと待って、」


ははっと総悟くんはすっきりしたように笑って、私の顔を見た。私今どんな顔してるんだろう。


「誇りなせェ。あんたは俺が惚れた女だ」


そう言って合宿所の方に走って行くから、私は慌てて立ち上がる。


「総悟くん!」

「何でィ」


「ありがとう!」


私と友達になってくれて。私の事を思ってくれて。私の事を好きになってくれて。


総悟くんは清々しい笑顔をこちらに向けて、何も言わずに手を振って戻っていった。


私は一人呆然とその場に呆ける。


駄目だなあ。

ぽつりと呟いた言葉は海風と波の音に掻き消されて消えた。

なんで人は無意識に誰かを傷付けながら生きているんだろう。誰かを傷付けずには、生きられないんだろう。


「まーた泣いてんの」


海風と共に運ばれてくるたばこの匂いに振り返れば、先生が立っていた。


「銀ちゃ、せんせ」

「おう」


また泣いてやんの。心の中で自嘲する。いつから私はこんなに涙脆くなったんだろうな。

私の言葉も先生の言葉も、波の音に掻き消された。先生は私の頭をぽんぽんいつものように撫でてくれて。


「…不甲斐ないなあ」


溢れた言葉に嘘はない。ただ私は情けなくて、ただただ不甲斐なさだけを感じている。

どうして誰もが幸せにはなれないんだ。この世界は。


「名前」

「うん」

「この世の全ての人間が幸せになんてなれねェけど、」


隣に座った先生にこてん、と寄り掛かる。先生からはいつも煙草の匂いがする。私はそれが好きだった。


「人生長ェんだ。いい事も悪い事もある。そんな中でお前は3Zの奴らに出会って、そうゆうの、共有出来る仲間が出来たんだろ?」

「うん」

「お前が不甲斐なさを感じる必要はねーよ。今近藤やら土方やら神楽やら、沖田失恋パーティやってっから」

「ちょ、先生!!」

「任せるって言われてんだよ、アイツに」

「総悟くんが?」


先生は笑って、頷いた。もう私なんかが到底かなわないほど先生はやっぱり大人で、

わたしは心底この人のことが好きなんだと、思う。



「先生ありがとう」

「おーよ」

「あとね、先生、」


両手で壁をつくって、先生の耳元でこそりと囁いた。私が笑えば先生は頭を掻いて、照れたような笑顔を向ける。



たまらなく愛しい、わたしが先生と過ごす時間。




















海 風 に 包 ま れ て




"わたしは先生とも、もっともっとこれから色んなこと共有していきたいよ"


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