あのあとのこと。
学校へ戻ると、総悟くんが柔らかい笑みで、迎えてくれた。「心配かけるんじゃねェ」と、頭を撫でてくれた。
神楽ちゃんは「どこいってたネ!心配したアルよ〜」と私の胸にダイブして、ぎゅっとだしきめてくれた。
土方くんは「あんま無茶すんな」と安心したように笑ってくれた。
近藤くんも妙ちゃんも、突然姿を消した私を、みんなが心配してくれてたらしい。
「…………先生、」
「んー?」
「泣いてもいい?」
「おーよ」
私は銀ちゃん先生の胸で、安心したのと嬉しいのと、全部ごちゃまぜの感情で泣いた。
やっぱり先生は、私の頭をぽんぽんと叩いて、抱きしめてくれた。
「名前、風邪ひく。非常用のシャワー室使っていいから、早く着替えろ」
「うん」
「制服、売店から借りてきてやっから」
「ありがと、」
「…名前?」
「…先生。あたしいろんな人に迷惑かけた。いろんな人に心配かけた」
顔をあげると止まったと思った涙はまたこぼれ、涙腺はまだ緩んだままで、先生の顔がじわりと滲んだ。
「わたしまだここにいていいの?みんなと一緒にいて、いいの?」
「あたりめーだバカ」
そう言って先生は真剣な顔でわたしの頭をぺしっと叩いて。
「おかえり」
優しく笑った。
幸せすぎて死にそうだと思った。くらり、目眩がする。突如としてぐらりと視界がぶれる。あれ、足が、力が、はいらない。先生?どうして、……
そこで私はふっと、意識を手離した
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……ここは、どこ
目を開くと、ぼんやりと白い、ただ白い空間が広がっていた。
どこを見ても白。白。白。
誰もいない。何も考えられない。ただずきずき痛む私の脳。内側から響く痛みにふらりとよろけると、それを支えるようにぼうっと青白い光が浮かびか上がった。
「……おとうさん、おかあさん?」
ぐにゃり、と
それは私の両親の姿へと変わる。両親は微笑みながら、こちらを、見ていた。
「名前、最近はどうですか、元気にやっていますか」
ああ、本当におとうさんとおかあさんだ。
ずっとずっと、墓参りにもいけなかった、私の両親が、今目の前にいる。
泣きそうになるのを堪えて、私は精一杯、笑った。
「……ずっと、おとうさんとおかあさんが死んでから、ずっと…一人だった…けど、」
しっかりと二人の目を見据えて、私は言う。
もう逃げないよ。長い時間がかかったけど、私はもう、大丈夫。
私はもう
一人じゃない
「大切な人が、出来ました。ほんとうにだいすきな人たちが、いるよ」
「……そう、それはよかった」
少し悲しそうに、だけど安心したように、二人は微笑んだ。
「いつか紹介してね」
「もちろん」
「私達は先にいくけれど、名前は名前の大切な人達と、幸せになって」
「うん」
「そしていつか、名前が嬉しかった事、楽しかった事、幸せだった事」
「いっぱいいっぱい話そう」
「うん……っ…」
さようなら
また会う日まで
私は二人のいる方向から逆向きに走り出した。二人の死から目を背けていた、昔のわたしに、さようなら。
私は前を向いて生きていきます。3Zのみんなと、先生と。
真っ直ぐに前だけを見て、生きる。生きていく。
後ろを向きたくなる時は、迷わず先生の手を握ろう。
私には一緒に歩いていく人達がいる。
わたしの大好きな、大好きな、人たち。
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「……っ!!……」
「…名前っ…………!」
ぼうっと、眩しい光が目蓋の隙間から入り込む。白い天井。白いカーテン。
泣きそうな先生の顔。
「……せん、せい?」
「名前っ…!」
ぎゅうっと、抱き締められてはじめて、私はここが保健室で、もう日のない夜で、倒れてからずっと眠っていたのだ、という事に気付く。
「先生、いたいよ」
「……」
「ごめんなさい、心配かけて」
「……」
「…泣いてる?せんせ、」
そこでぶつりと、声が途切れた。不意に先生と私の唇が重なる。強引で、荒々しい、キス。先生の舌がぬるりと、私の口内に侵蝕して。
「せんっ……ンん…、」
溶けてしまいそうだった。ディープキス。ひどく甘い、甘ったるい、先生の舌。ああ本当に頭がおかしくなりそう。ぴちゃりと厭らしい音をたてながら、私達の唇は離れて、吐息が漏れる。そのまま先生は顔を私の肩に埋めた。
心臓が破裂しそうな程、ばくばくと音を鳴らす。慣れない私ははあ…と甘ったるい息を漏らした。
「先生……?」
「死んだかと、思った」
弱々しく呟く先生を、今度は私がぎゅうっと強く強く抱き締める。先生は。こんなにも私の事を、大切に思ってくれていた。
ずるいよ先生。
ずるずると溺れるように私はどんどん先生を好きになっていく。
「死なないよ」
「どこにも、行かないでくれ、たのむから」
「どこにもいかない」
「名前…っ」
「先生がいるかぎり」
人を愛する事はこんなにも幸せで、こんなにも、愛しいものなんだって。
教えてくれたのは先生だから。
だから。
「先生が私のこと嫌になって、どれだけ嫌いになったって、私は先生の事がすき。すきです。だいすき。ずっとずっとすき。銀ちゃん先生、」
愛 し て ま す 。
私 の 大 切 な ひ と
ずっと。ずっとだよ。
そう言って私は先生の手をぎゅっと握った。もう二度と、離すまいと、誓って。