何時間、そこで呆けていたのだろう。
気が付くと土砂降りだった雨も、だいぶ小降りになっていた。
水を吸いきった制服はずしりと重くて、私はさらに動く気をなくす。
呆れるだろうか。
「お母さん…お父さん」
目前に広がる両親の墓を、震える指先でそっとなぞる。遺産のほとんどを費やして、私はそこそこ立派な墓をたてた。私の両親は、私の誇りだったから。
だけれども。
私は今まで一度も、ここへ来た事がなかった。来たらきっと泣いてしまう。前を見て歩けなくなってしまう気がして。
不意に、雨がやんだ。
「なにしてんの」
その声に後ろを振り返ると、傘を私の方に傾けて息を切らしている先生。
先生?なんでここに。いるんだろうか。
「……っせん、せい?」
「そんなびしょ濡れになっちゃって…風邪でもひいたらどーすんの」
「なんでここに……」
ぽつりと呟くように言うと、先生は笑った。
「こないだの授業、寝てたの。アレの分、言う事1つまだきいてねェだろ」
ぎゅっ、と
先生が私を抱き締めた。
濡れて濡れて、冷えきった私の肌に、先生の温かさが転移する。
傘は下に落ちて、結局私たちはまた濡れる。
「せんっ…「名前は、」
「名前の帰る家はこれからもずっとあそこだ」
私の言葉を遮って、先生はそう言いきって、私の顔を見て笑った。
「なんちゅー顔してんの」
「だって…っ…」
「可愛い顔が台無し」
ちゅ、と、触れるだけの優しいキス。本当に本当に優しいキス。先生の唇と、私の唇が、ゆっくりと触れる。
わたしのはじめてのキスの相手は、先生でした。
「せんせ…っ!」
「覚悟しとけよー?」
にやりと笑う先生の顔は、なんだかすごく吹っ切れていて、しあわせそうだったから。
私はやっぱり泣いてしまった。
「ここ両親の…お墓なの」
「…そか」
「先生と来れてよかった」
そう言うと先生はお墓の前で合掌して、静かに目を瞑った。
「名前を預かります。
ここまでいい子に育ててくれてありがとうございました」
「っ……せんせ、い」
「なにー」
「しあわせにしてくれる?」
繋いだ手をぎゅっと握りしめて、カラカラと響く車輪のまわる音を聴きながら、私たちは帰路につく。
「当たりめーよ」
先生、先生、
ほんとうにだいすき
私は溺れるように、溶けるように、先生へ恋に落ちた。
それでも先生は、優しく、掬い上げてくれたね。
この気持ちを何と呼ぼうか。
溢れんばかりの溢れる愛を、私は先生に伝えたい。だけど伝える術がわからない。
だから私はこう言うしかない。
「せんせ?」
「ん?」
「ありがと」
「おー」
「だいすき」
「…おー」
珍しく照れているらしく、先生の耳は横から見てわかるほど赤くなっていて、思わずわたしはくすくすと笑ってしまった。
「やっと笑った」
先生が振り返って笑いながら言う。私はそういえばずっと、笑ってなかったな。
短いようで長い、1日だった。
本当に長い、1日だった。
「名前は、笑ってた方がいい」
「っ……」
あーもう。
かーっと耳まで赤くなるのがわかる。
なんでこうさらっと言っちゃうかな。もう。
「先生」
「ん?」
「まだ返事きいてない」
「?」
「告白」
「!!!!!っ!ばっおめー空気読め空気!!」
「…先生?」
「…」
「せんせーい」
「あーっもう!!好きじゃない奴にキスなんかするかバカ」
そして私はまた泣いた。
泣きながら笑うとゆう器用な事をしながら。
これは嬉し泣き。
言 葉 に し な き ゃ
わ か ら な い
こうして私は帰る場所と
かけがえのない恋人が
出来たのでした。