涙の海は
底に足のつかないプールみたいで
私は何度も何度も溺れそうになった
カラカラとキャリーをひく音が道に響く。雨音。やっぱり傘はささなかった。どれだけ泣いても涙は枯れる事なく、脱水症状になるんじゃないかって位止まることを知らなかった。
でも、これでいいんだ と
私はふらふらと歩みを進めた。行き先は、決まっている。
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たった数分。
俺が動けなくなったのはたった数分だった。現状把握のための脳は、思考停止したまま動いてくれなくて。
好きだ、と 言った
彼女の顔は今にも泣きそうだった
そんな顔をさせたのは紛れもなく俺だ。
「ちっくしょ……っ!」
追いかけるのも忘れてただ突っ立っていた数分間がだいぶ時間ロスになっている事に、舌打ちをする。
言い逃げなんか許すかよ。
彼女が忘れるなと言った、傘を持って。俺は走り出した。
外は大雨だった。
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家はもぬけの殻だった。
彼女の数限りある私物はきっと今あの小さなキャリーの中。
…やっぱり名前は俺の前から姿を消すつもりだ。
だけど、前のアパートも売り払ってしまったし、行く先の検討がつかない。
「どこに…」
1つだけ、思いあたる場所がある。
彼女がいつか一緒に行きたいと言っていた、あの場所。
「坂田ァ」
家を出ると、そこには沖田がいた。
「…つけてくるたァいい根性してんじゃねーの」
苦笑混じりに冗談を言っても、奴はぴくりとも反応しない。
「あんたに名前はやらねェ」
鋭い目付きで睨んでくる沖田からの視線を軽く流す。
「アンタにゃ名前を幸せに出来ねェよ
アンタは
名前を泣かせるから」
ぐさり、と刺さるその言葉。
今きっとどこかで泣いているだろう名前。
アァあいつに会ってから良い意味でも悪い意味でも俺はあいつを泣かせてばっかりだ。
…それでも
俺は自嘲気味に笑って、沖田を見下ろす。
「こらァ俺の我が儘なんだよ。もうとっくに惚れちまってんだ。しょーがねェだろ」
そう言うと沖田は目を丸くして、顔を歪めた。
「分かってんのかアンタ、それは…」
「わかってるよ。いや分かってねェのかもしんねーな」
はあ…と溜め息をつく沖田に向かって笑う。俺は、笑う。
迎えに行こう。彼女の元へ。
「…アンタに任したよ。不甲斐ねェけどな」
「おう、任しとけ」
彼 女 の 元 へ
(それを愛と呼ぶなら)