ピンポン、ピンポンとチャイムを幾度か鳴らしてみたけれど、相手が出てくる様子は一向になかった。留守らしい。
角部屋を買ったので、お隣さんはひとつしかなかった。作業を全て終えて、部屋らしくなった部屋を後にし、菓子折りを片手に挨拶にきたがどうやら入れ違ったらしい。

昨日は気配あったのにな。

後にしよう。玄関に菓子折りを置いて、出かける準備をはじめた。何だか久しぶりに会うものだから、変に緊張しているのが分かって我ながら苦笑いが漏れる。恰好はやり過ぎない程度に整えたし、大丈夫。これでフィンクスあたりにも馬鹿にされない…と思う。
メンバーも何人か変わっているだろうし、関係を説明するのは些か面倒だなあと思いつつも早く会いたい、というのが正直なところだった。
あまりヒールの高くないお気に入りの赤いミュールを履いて、部屋を後にする。D-33地点までは案外ここからだと距離があって、少し急ぎ足気味にエントランスを抜けて、外にでた。気分は上々だ。











廃屋が乱立するそこに入るとすぐに、クロロが立っていた。今日は団長スタイルで、やっぱり別人に見えるなあとぼんやり思って、けれどすぐにハッとして、彼が待っていた事にびっくりする。足早に駆け寄れば気付いていたと言わんばかりに、彼はゆっくりとこちらに笑みを溢した。

「待ってたの?いつから?」
「さっきだ。名前がくるような気がしたから」
「くるかも分からないのに?」
「"なるべく早めに"って言ったら、お前なら絶対次の日には来るだろう?」

ほら、あいつらが待ってる。そう言って歩き出した彼の背を慌てて追いかけた。コートのポケットに突っ込んだクロロの右手を、もぞもぞと潜りこませた左手で握る。冷えきったその手のひらに、「いつから待ってたの」なんて聞かずとも分かって、きゅっと胸が締め付けられた。秋といっても、もう寒さは随分と浸透してきていたから。
馬鹿だなあ。少しだけ泣きそうになって、慌てて鼻をすするふりをした。

特に話すこともなく、アジトの前まできて、ゆっくりと繋いだ手が離れていく。

「ここ?」
「ここ」
「…相変わらず、もうちょっと綺麗なところ選べないの?」
「俺達にはこれくらいが丁度いいよ」

ようこそ、と改めて畏まったクロロに、ああやっぱり団長様だ、と思った。
ギイ、と彼に開かれた扉の先に、みんながいる。クロロ以外はほとんど3年以上も会っていなかった事も相まって、感極まって駆け足でそこに足を踏み入れようとした瞬間に、ゴウンという物凄い地鳴りと土煙と共にその巨体がこちらへ向かってきた。

「名前ーー!!」
「きゃあ!ウボォー!」

一番手で待ち受けていたのは、ウボォーギンだった。
飛び付くようにしてその屈強な胸板に抱きつけば、そのまま抱き抱えられてくるくる回る。ハハハハキャッキャと、馬鹿みたいに笑っていたら、脇の方でクロロが頭をおさえるのが見えたが見ないフリをした。

「ウボォーまた大きくなった?」
「オウ!名前は見ないうちにべっぴんになったなあ!」
「もう!嬉しい!本当に結婚しよう?」
「おいウボォー……そろそろ離さねェか」

見下ろすようにそちらへ顔を向ければ、そう言ったのはフィンクスだった。隣にノブナガもいる。
チッと1つ舌打ちを落として渋々おろしてくれたウボォーに「ありがとう」と言えば、ウボォーは困ったように笑って「結婚は出来ねえな」とぼやいて、頭を掻きながらチラリとクロロの方を見遣った。

「フィンクス、ノブナガ。二人とも随分と久しぶり」
「フン。ちったあ女らしくなったんじゃねえか?」
「相変わらずだなあ…フィンクスはそのエジプトみたいな衣装どうにかならないの?」
「っるせえ!ほっとけ!」

顔を真っ赤にしたフィンクスにくすくすと笑いを溢せば、思い切り舌打ちをされた。

「名前。久しぶりね」
「フェイも身長大きくなった?前は私より小さかったのに」
「いつの話してるよ。名前の背なんてとっくに抜いてたね」
「ええーそうだっけ?」
「名前」

懐かしい声に呼ばれて振り返れば、そこにいたのはパクノダとマチだった。

「パク!マチ!」

がばっと二人まとめて抱き締めたら、二人共笑って抱き締め返してくれて、久しぶりに感じる二人のにおいに、肌に、懐かしくて涙が出た。

「アンタは昔っからウボォーの事、大好きだからねえ…」
「えっ。パクとマチの事もちゃんと大好きだよ?」
「そうじゃなくて、アレよ」

呆れたように溜め息を吐いたマチにクイッと親指で指された方をチラリと見やると、(見る人が見れば)あからさまに不機嫌なクロロがいた。さすがに苦笑が漏れる。

「あれ?シャルナークとフランクリンは?」
「仕事で出掛けてるよ。二人ともすごく会いたがってたんだけど」

残念だな。と溢せばマチに頭をポンポン撫でられて、ああ変わってない、そう思った。

そうしていたら突如、それはもう思いきり腕を引かれて、ぼすんと気付いた時にはクロロの腕の中に収まっていた。

「わっ」
「おいお前ら。もういいだろう」

ぎゅうっとそのまま抱き締められて、コイツは子供か、と思った。皆そう思ったらしく、全員が呆れたように溜め息を吐いた。
今にもぐずり出しそうな気がしたから、いや実際そんな事はさすがにしないとは思ったけれど、ぽんぽんと背中を叩きながら言う。

「クロロ。甘えるなら人がいない時にして」

突き放した言い方をしたらクロロも渋々離してくれた。
きっと私がいない間も、なんだかんだでみんな、クロロの事を甘やかしてきたんだろう。それはもう私がいた頃もそうだったものだし、これは仕方のないものなのかもしれない。だからいつまでたっても、こんな子供みたいな大人のままなのだけれど。

そうして何気なく顔を向けた方に、見覚えのある顔があって。

「げ。」
「やあ◆」

ヒソカだった。

「な、なんで?!」
「お前ら知り合いか?」
「全然知り合いたくて知り合ったわけじゃないんだけど」
「そんな酷いこと言うなよ◇ボク的にはキミが旅団員と知り合いだった事の方がびっくりだけど?」
「知り合いじゃねえ」

そう言ったのはフィンクスだ。

「仲間だ」

その言葉になんだかじーんと感動してしまって、柄にもなくこれからフィンクスにはもっと優しくしようと思った。多分しないけれど。

「流星街出身なの。だから創設メンバーとはずっと関係がある」
「……関係、ね」

ふうん、と目を細めじっとこちらを見つめるヒソカに、私は私とクロロの関係すらも見透かされているような気がして、ぱっと目を逸らした。
こういうタイプの人間は、どうにも苦手だ。
自分の腹を見せようとはしないし、何を考えているのかも分からない。
そしてなにより、嘘をつくのだ。まるで息をするかのように。



"お前に殺し屋は向かないよ"

随分と昔に言われた言葉を、ふと何気なく思い出して苦笑する。

私は流星街の出身だ。
10歳の時に養子として、苗字の家に迎え入れられた。養子と言っても名ばかりで、実質ほとんどの時間は流星街で過ごしていたのだけれど。今までが端からみれば最低以下の生活だったので、殺し屋として再教育された生活を地獄だなんて思ったことは一度もない。
それでもクロロだけは、会うたび責めるような、悲しいとでもいうような顔をした。どうしてかは聞けなかったし、彼も言おうとはしなかった。


「名前」

名前を呼ばれてはっとする。
いつだってその凛とした声は、私のもとにはっきりと届いた。

「仕事の依頼だ」
「うん」

真っ直ぐと曇りのないクロロの力強い瞳が、こちらを見詰める。この瞳が好きだった。確固たるその優位と引力に、いつだって惹かれるままに従ってきた。

「ヨークシンシティで開催されるオークションに出品される品の大まかな数、そして選別前の保管場所の調査。期限は1日で、頼めるか?」

口角が上がるのが、自分でも分かる。

「朝飯前よ」






この2・3年間であった話を聞いていたら、あっという間に時間は過ぎた。解散して、帰り際にクロロに「仕事が終わったら、また」と言われて、その意味が分からない程子供でもなかったし「早めに終わらせなきゃね」とだけ返して、自然に微笑みあって、わかれた。






「苗字の本家に行く。もうここには来られない」

そう言った私に、失望したとでもいうような目を向けた彼の顔を、いまだに忘れる事ができない。私が18の時。蒸し暑い夏の夕暮れだった。

「やめておけ。お前に殺し屋は向かないよ」
「それでも行くわ」
「名前」
「もう、無くすのは嫌なの」

涙が溢れて、頬を伝ってぽたぽたと瓦礫を濡らした。限界だったのだ。
それは初めて彼と寝た、翌週の事だったと思う。

酔った勢いなんかではなくて、その時のこともはっきりと覚えている。
旅団と離れて私がクロロと一緒に行動していた時期があった。その日はとても酷い雨の日で。

ずぶ濡れで根城に帰ってきた彼が旅団員の一人の死を訃げて、静かに涙を流した夜だった。
1つのベッドの中で、分厚い毛布をかぶりながら冷えきった彼の身体をあたためるように、私は彼を抱き締めた。「せめても彼の心までもが凍てつきませんように」と切に祈った。
そして彼が、溢すように小さな声で言ったのだ。

「名前」
「なに?」
「抱かせて」
「いいよ」

その時だ。私がとてつもない焦燥に駆られたのは。
まるで壊れそうなものに触れるかのように。1つ1つ探って、確かめていくように。彼の指先は丁寧で、酷く優しく私に触れた。その指先に、身体に、ほとばしる熱を通して、彼が1人の人間であることを生々しい感覚でもって思い知らされて、わたしは後悔するほどに愕然とした。
なんて彼も、私も。
人は、こんなにも脆く、弱いのだと。

決して特別などではなかった。吹けば飛ぶような、無力で小さな1つの生命体であることを。私は自覚して、打ちのめされた気分だった。

彼もいつか消えてしまう。
漠然と感じたそれは、恐怖以外のなにものでもなかった。
それほどまでに、私は今まで彼に依存して生きてきた事を、その時初めて、痛々しいほどに知った。



離れよう。
そう思った。それしか方法はなかった。

だから私は、彼の元から去ったのだ。強くならなければならなかった。私が彼を失わないために。



夜の風は冷たく私を冷やして、私は誰にも気付かれないくらい、小さな声で泣いた。







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