結論から言えば、結局私は自分のプレートとその他3人のプレートで第4次試験を通過した。
奪えなかったのである。



「301番、かあ」

5番目で森に入ったはいいものの、それより先に入っていった301番の気配は全く辿る事ができなかった。
あまり広範囲での円は得意ではなかったしそもそも念使いであれば逆にこちらの場所がばれてしまう。
大丈夫だ。まだ一週間ある。気長にいこう。
むしろこの島で一週間も過ごさなければいけないというのが苦痛だった。どんよりと曇った空をさらに鬱蒼と繁る木々がひかりを遮って、そこはもはや不気味ともいえる空間だった。
沈む気持ちをため息に混ぜて吐き出して、どうにか気持ちを入れ換えようと立ち止まりかけた足をむりやり前に押し進めた。とりあえず土地勘は把握しておこう…。

その時の私は悪いがまったく甲板の彼の事はすっかり記憶から抜け落ちていた。よくよく考えれば服装とか、なんとか、それがギタラクルと同一人物であろうことぐらい気付ける点はいくつもあったのだろうが、あの時の私は注意力と集中力が著しく散漫していたと自分でも思う。
だから気付けなかった。むしろ気付かずに再会してしまったのだった。

「あ」

木の上から全体を見渡した時、あの特徴的な針頭を偶然にも見つけた。
恥ずかしいことに本当に元はプロの殺し屋だったのか、というレベルの致命的な腑抜け具合でもって、私は彼に一瞬の殺気をもらしてしまったのだ。その腑抜け具合に自分でもくらっと目眩がして、危うく木から落ちそうになったくらいだ。
馬鹿にもほどがある。

仕方がないのできっともうばれているだろうからおとなしく真っ向から挑もうと思った。勝算は五分五分、若干こちらが不利といったところだろうか。
命は惜しい。というよりこんな所で落とすのはばかばかしい。無理だと思ったら早めに引いて他のプレートを集めよう…そんなふうに思っていた。

後ろから素早く首を狙って蹴りをいれる。迷いも躊躇いもなく振り下ろしたそれは、しかしギリギリのところで避けられ、体勢を戻して振り向き様に懐からカッターの刃を五枚、右方向に三枚、左方向に三枚、寸分の隙もなく放った。それは上方に跳んだ彼の頬に、一枚だけかすり傷を作った。

「すごい。一枚しか当たらなかった」

それは素直な感想で、本当にびっくりしてぽろっと溢してしまった言葉だった。

「どうして最初の蹴りがかわせたの?」

完璧に絶を使って気配を消していたつもりだったし、念をこめていない分然程威力は高くないにしろ予期して避けることは出来なかったはずだ。
カタカタと音をたてて不気味に笑った彼は、親指で頬から垂れる血をぬぐってぺろりと舐めた。

「よく当てられたね。俺はそっちの方がびっくりだけど」

その声には確かに聞き覚えがあった。
え?と思う間もなく彼は顔に刺さった針を抜いていった。びきびきと音をたてて変わっていく顔に若干気持ち悪さを感じつつ、まさかと思う気持ちがどんどん否定されていく。

「あなたは、」
「最初の一発目の前に漏れた殺気で狙われている事は分かっていたし、あとは君の蹴り、速すぎて風と音がきこえたから」

惜しかったね。そう言った。
黒く長い髪が靡いて、黒い瞳がこちらを見つめていた。それはまさに、甲板で会った男だった。
そこでぼろっと、記憶からこぼれるように、思い出したのだ。

「ゾルディック!!」

思い出した。一時期、最低限の事は情報屋として知っておかなければいけないと躍起になって各所から情報を集めた時期があって。その時、ゾルディック家に関するその情報料金の莫大さから出すのを渋ったので印象は強かったのだ。(しかもたいした事は書いていなかったので、とても憤慨した覚えがある)

ゾルディック家の長男。名前は間にルがつくことしか覚えていない。私はそもそもの記憶力があまりよいとは言えなかったので情報はほぼ全部機械まかせだった。

「あれ。知ってたの?ファミリーネームで呼ばれるのあんまり好きじゃないんだけど」

そう言われて素直に「忘れてた」と言ったら、不思議そうな顔で「変わってるね」と言われた。
変わってるのはあなたの方だと思ったけど言わないでおいた。

「それに一応ここではギラタクルって呼んでほしいかな。事情があってね」
「…そう」

きっとキルアのことだろうな、と思った。これはただの勘だけれど。
そう思っていたらトンと背中が何かに当たって、しまった!と思う暇もなく首筋に一本の針が掠めて、そちらに気をとられた隙にそのまま背中に鈍い衝撃とともに木に叩きつけられた。
じりじりと追い詰められて、後退していたのか。
思いきり叩きつけられた背中がじんじん痛んで、おまけにむせた。不覚だった。わずか数ミリの距離で彼がすこし笑った気がした。

「げほっ……!」
「56番。残念ながら、俺の相手はキミじゃないんだけど」

ゆっくりと耳許で囁かれた相も変わらないその中低音の響く声に、背筋がぞくりとする。ああこれは最悪プレートを奪うどころか死ぬな、と思った。
どくん、どくん、心臓の音が聴こえそうな距離で、加速する鼓動と相反して気持ちは不思議と落ち着いていた。

「動いたら殺すよ」

耳許に寄せられた唇が、ゆっくりと下降して、首筋をちゅっと吸った。

「っ……!!」

口づけされた部位にピリッとした痛みが走って、そういえば針が掠っていた事を思い出す。
無意識に止めていた呼吸が息をついてもれ出て、彼の艶のある黒い髪を揺らした。

「もしかしてドキドキしてる?」
「…そりゃあ、今際の際をさ迷ってるわけだから」
「なんだ。俺にじゃないんだ」

そう言ってぺろりと、彼の熱い舌に傷口を舐められて、くらっと目眩がした。自分より年上の男の人と触れるような距離で感じる吐息に、熱に、なんだか変な気持ちになる。
あながち彼の言うことのすべてを否定できるわけではなかった。

「…ナルシストなの?」
「そういうつもりはないんだけど。うーん。君強そうだし…君を殺すのは骨が折れそうだなあ」

文字通り、骨の一本くらいじゃ済まなさそう、と彼は言って。

「よし。じゃあ見逃してあげる。残念ながら俺のプレートはあげられないけど、君なら3枚くらい余裕なんじゃない?」

ぽかんとしてしまって、え?と聞き返したら「あれ?君のターゲットって俺だったんじゃないの?」と逆に聞き返された。

「いやそうだけど。見逃してくれるの?なんで?」
「何でって聞かれると特に理由はないんだけど。殺すってなると簡単にはいかなそうだから。極力、仕事以外でそんな面倒で疲れる事はしたくないからね」

俺はヒソカみたいなタイプじゃないから。と付け足した彼に、じゃあどんなタイプだと思った。
ちゅっと、首筋にひとつ優しいキスを落として、ようやく彼は私を解放した。

「それじゃあ4次試験、頑張って通過出来るといいね」
「あ、待って。名前…」

振り向いた彼が、少しだけ笑った気がした。

「イルミ。じゃあね、名前」


ゆっくりと触れた首筋は、まだ熱を持っていた。








「イルミ、何かいい事あったでしょ」
「うーん。ヒソカが彼を見守りたい気持ちが、少し分かった気がするよ」




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