例えるなら全く知らない人から「おはよう」と言われた時、無意識に「おはよう」と返してしまうような、そんな他愛もない出会いだった。彼と初めて出会ったのは。

私がハタチを過ぎてすぐに両親が求めたのは家業の世代交代と(政略的な)結婚だった。
そのため大学も半ばに私の預かり知らぬ所で身勝手にも退学を決め、実家に帰ってくるよう素知らぬ顔で連絡をしてきた両親に対して少なからずその理不尽さに腹をたてた私は、これまた勝手に決められていたお見合いをすっぽかし実家から行方を眩ませたのである。

「何とかして一人で生きていける術を身につけなくちゃ…」

私は呟いた。
ずっと実家からは離れて暮らしてきたしサブで仕事もしていたので、生活面や経済面での心配はなかった。心配があるとしたらおそらくその副業の方で生計をたてなければいけなくなってしまうその事だ。それにはどうしてもアレが必要だった。
ハンターライセンスが。


そして私は今、第287期ハンター試験を受けている。


なるべく目立たないよう与えられた課題を可もなく不可もなくやってきたが、次の第4次試験ではそうもいかないらしい。
ギイギイ響く甲板を踏みながら、海風と潮の匂いを吸い込む。海に出たのは久しぶりだ。


「ねえ、そこのお姉さん」

男の子の声がして、振り返った先には銀色の髪の男の子がいた。聞き覚えのある声に、見覚えのある顔だった。

「やっぱり、名前だ」
「………キルア?」
「ひでーな、忘れてたのかよ」

にかっと笑う顔は、幼かった頃と全然変わらなくて、もともと旧来の知り合いも友達もあまりいない立場だったのでなんだかとても嬉しくなって思わず抱きしめそうになった。

「ずいぶんと大きくなって!」
「言うほどそんなにたってないだろ」
「子供は5年じゃ随分と変わるよ。私全然わからなかったのに…よく気付いたね」
「名前は全然変わってねーもん。それにオレ、もう子供じゃねーし」

眉根をくしゃりと歪める様子がなんだかおかしくてくすくすと笑ってしまった。そういう仕草もまだ子供だ、なんて言ったらきっとまた拗ねてしまうから、そのかわりにそのふわふわした銀色の髪をそっと撫でた。


うちは暗殺家業なのだ。

"苗字"は代々受け継がれてきた由緒正しいお家柄なので、両親とゾルディックの間には親交もあったらしく、けれど私は彼をゾルディックの人間だとは知らずに五年前に一度だけ交友があった。随分と昔の事のように感じる。

「キルアは確かお兄さんがいたんだったね。家はやっぱりお兄さんが継ぐの?」
「いや…実はさ…」

そこで彼がハンター試験を受けるに至るまでの過程を聞いた。跡継ぎは自分であること。けれど反対を押しきって家を出たこと。そして同い年の友達ができたこと。それによってもっと自分のやりたい事を探したいと思ったこと……
まるで私と同じ経緯だったことに少なからず驚いて、だからこそ彼の苦悩もとてもよく分かる。

あらかじめ敷かれたレールの上は、安定はすれど窮屈なものだ。
それが、20になるまで少なかれ自由にしてきた私とは違い彼はまだ12歳の子供だ。外の世界を知りたいと思うのは当然のことだと思う。

「お互い不条理な世界に生きてるね」
「まあ、オレはどうしたってあの世界には帰らないけどね」

やろうと思えばその世界の殻はいとも簡単に壊すことができると、何の根拠もなくそう思えるのも若さだと思った。
この頃の子供のとてつもない有り余る活気みたいなものや、わき出る強大なパワーは、いつだってふとした時にハッとさせられるものだ。

「なあ、名前は何番?」
「56番。私の相手はキルアじゃないよ」
「そっか。安心した。俺も名前相手じゃ取れる自信なかったから」

そう言ってキルアは笑った。
私もなるべくなら念能力は使いたくないし(アマチュアハンターは念能力を取得していない人が大半だと聞いていたし)本気でなければ勝てない相手など44番と301番くらいだと思っていた。
本気は出したくなかった。殺しは必要最低限しかしないと、決めた。

「俺はゴンのところに行くけど、名前もくる?」
「私はもう少しここにいる。機会があったら今度お話させて貰うね」



本当はもう、殺しはしたくない。
ゆっくりと揺れる船から、キイキイ鳴くカモメたちの声も、さざ波も、凪いだ風も、何だか急にしんみりしてしまった私の心は無性に泣きたくなった。


301番、ギタラクル。それが私の狩る相手。
44番の次に当たりたくない相手だったにも関わらず、運悪く当たってしまったものはもう仕方がないと諦めるしかなかった。

限りなくそれはもう完璧な絶を使っているが恐らく彼は念を修得しているし、しかもかなりのやり手であるから私はもうその他から三枚プレートを集めた方が手っ取り早い気もした。

とにかく様子をみよう。
話はそれからだ。


そう思った瞬間に。
スパッと顔の横を物凄い早さで何かが突き抜け、寄り掛かっていた壁に突き刺さった。
首を狙ってきた。避けなければ頭ごとザックリ吹っ飛んでいたはずだ。
恐怖より先に憤りを感じて、けれど刺さったソレで相手は分かっていたから、どう穏便に事この場を収めるかで頭をフル稼働した。
ソレはトランプだった。

「44番……」
「殺す気で投げたのに、凄いねキミ」
「なにか用?」

コツコツとかかとを踏み鳴らしながらこちらへ歩み寄る44番を尻目に、この閉鎖的空間では圧倒的にこちらが不利だとやや焦る。じりじりと歩みをとめる様子もなく、そしてこんな時に限って船が大きく揺れた。

「わ、」

何というタイミングの悪さだろう。バランスを崩した所で誰かに支えられて、それがとても予想外で、一瞬だけ思考が停止した。

「何やってるの。ヒソカ」
「ちょっと遊んでただけだよ。キミこそ針取っちゃっていいの?」
「休憩にね。ずっとしてたら疲れちゃうよ」

長い黒い髪に、黒い瞳に、どこかで見た事があるような既視感に苛まれる。こんな人、受験者にいた気がしない。

「……君さ、」

男の人にしては少しだけ高い、落ち着いた声にハッとして顔をあげれば、ゆっくりと倒れかけていた体勢を戻してくれた。

「あ、ありがとう」
「細いし軽いし、ちゃんと食べたほうがいいよ」

ふむ、とちょっと考えこむようにして「俺は細身の方が好きだけどね」と付け加えた。呆気にとられた私ははあ、気をつけます、と間の抜けた返事しか出来なかった。

「遊びも大概にしなよ」
「おや、どこに行くんだい?」
「針戻してくる」
「そ」

結局、奇人の傍には変人しかいないのだ、とどうにか納得することに(全然出来ていないけれど!)して、再び44番と取り残されたこの状況に、自分でも何だか辟易とした。そもそもどうしてこうなったのだろう。あまり関わりを持ちたくはなかったのに。

「キミ、名前は?」
「……名前を聞くときは自分から名乗るものだとおもうけど」

さっきの会話で聞いていたけれど。ポジティブに考えれば、片手間で営む情報屋業の方での人脈に繋がるかもしれない。そう思う事で落ち着いた。

「ヒソカ」
「名前よ。情報屋をやってる。何かあったらそこに連絡してくれれば、大体の仕事はこなせると思う」

ピッと一枚勢いをつけて連絡先の紙を飛ばせば、軽々と曲がることもなく彼の手中に収まった。

「積極的なコは嫌いじゃないよ」
「ただの営業だから」

そう言えば彼はケラケラ笑った。これで多分この場で殺される事はない…と思う。
その得体の知れない人、ヒソカを一瞥し、ゼビル島を見遣った。もう島はすぐそこまできていた。
先が思いやられる。
溜め息を1つだけ漏らした。



そう私はただ知らなかったのだ。
この時もうすでに彼と出会っていたことさえ。




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