名前が万事屋に来てから既に1週間がたっていた。相も変わらず何もない平凡な日々。神楽や新八ともあの温厚的な性格からかすぐに打ち解けて、今ではすっかり仲良くやっている。
温かい風が窓から吹き抜けて、ひらひらと視界の端を舞うピンク。なるほど、もう春だ。最近四季が過ぎ去るのをとてつもなく早く感じるのは、やはりもう歳なのかもしれない、と思ってしまう自分に落胆。はあと溜め息をついた。
それと同時にがらりと玄関の開かれる音がして、ぱたぱた廊下を駆けてくる足音が聞こえる。誰が帰ってきたかそちらをじっと見つめていると、ひょっこり顔を覗かせたのは名前だった。
「ただいま!」
「おう、おかえり」
「お登勢さんがお酒くれたよ」
えへへーと笑いながら嬉しそうな顔をして、腕に抱えていたその大きい瓶をこちらに向けて掲げる。その様が異様に面白くて笑うと、きょとんとした後、名前もつられて笑った。
あー春だ
なんかくだらねえことでも、笑えてくる。
「…花見いくか、花見」
「いいねえ!」
その提案に思いの外ぱっと顔を輝かせた彼女は、はっとして台所の方へぱたぱた駆けていく。忙しいなあと思いながら思わず笑みが溢れた。
「ちょっと待ってね!お弁当、つくるから」
簡単なものしか作れないけど、と花のある笑顔をこちらに向けた彼女は本当に楽しみなようで、鼻歌まで歌ってる。理由を尋ねれば彼女は苦笑気味に笑った。
「花見、したことなくて」
少し悲しげに伏せられた瞳は、どこか遠くて、どこか切なそうで、彼女の過去がちらついて。立ち上がって隣まで行けば彼女はまた困ったように笑う。
そんな顔すんな、とは言えなかった。
「じゃあ今日はお前の初めての花見記念日で決まりだな」
「え?」
「来年も再来年も、この日はみんな誘って花見いきゃいーんじゃねーの?」
そう言って笑いながら頭をぽんと撫でれば一瞬泣きそうにくしゃりと顔を歪ませて、本当に幸せそうに笑った。
柄にもなくこの少女を、出来る限り笑わせてやりたいと思う。幸せにしてやりたいと、思う。
それだけで明日も明後日もこんなふうに生きていけるような気がしたんだ。
「名前ー銀ちゃーん姉御がお花見いこーって!」
「「あ、」」
走りこんできた神楽と新八に、俺達は顔を見合わせて笑い転げた。意味がわからないときょとんとしてる二人に作りかけの弁当を見せれば、二人共状況把握したらしく、顔を輝かせて笑った。
「以心伝心だってー」
「あるもんですねえ」
「これで姉御の玉子焼き食べなくてすむアルよー」
「そりゃよかった」
「まったくですね」
レジャーシートあったっけ?ゴザならあんじゃね?今のご時世に御座?空いたペットボトルにとりあえずお茶いれときますね!ありがとう!あったあった。そろそろ行かないと混んじゃうかな?じゃあ姉御と先行って陣取ってるアル!ありがとう神楽ちゃん!俺達もさっさと準備すっかー。そうですね!
どたばたと準備して公園に行けばやっぱり混みあっていたけれど、混むだけあって桜は満開。風が吹けば空には数えきれないほど無数の花弁が、ひらひらと舞い散った。
その光景は今まで見たことのある俺ですら息を飲む程の、絶景で。
「綺麗ー……」
感嘆を漏らした彼女は、その体の全て、五感のすべてでそれを焼き付けるように、食い入るように、見つめていた。
「来てよかったろ」
「もうね、忘れらんないよね」
破顔一笑。その鮮やかな背景に負けず劣らずの綺麗な笑顔をこちらに向けて、彼女は笑う。つられて俺も、笑う。
「銀ちゃん」
「ん?」
「ありがとね」
いこいこーと彼女に腕を引っ張られ、俺達は走り出した。
満開の桜に埋もれるように。
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