その日は最悪だった。
二日酔いでがんがん痛む頭に目を覚ませばババアから家賃の取り立て。パチンコでは負けに負け、家に帰ればまたババアから家賃の取り立て。仕事の依頼もなく金だけがどんどん消耗されていく日々。
これじゃあニートと一緒じゃねーか、なんて考えに思い至るまでさして時間はかからなかった。
…そろそろ真面目に仕事しねえとな、
骨折り損のくたびれ儲けなんて言葉があるが、まさにそれだと思う。そういや毎度毎度死にそうになってる割には、でかい仕事で金なんて貰った事がない。
はあ、と溜め息をつけば目の前にたい焼き屋。
「あっ銀ちゃーん!いらっしゃい!」
「おう」
馴染みのこの店の椅子にどっこらせ、と腰掛ければ、くすくす笑いながら何も言わず名前は冷たく冷えたお茶を出してくれる。
彼女はここに住み込みで働いていて、最初は俺が二日酔いでぐったりしながらふらふら歩いてる所を呼び止められて、ここで休ませてくれたのが出会い。
「なに笑ってんの」
「どっこらせって言っちゃったらもーオッサンだねえ」
「…まじ?」
「まじまじー」
あははっと笑う彼女の笑顔に癒されて、俺はここに来る事が多くなって。
彼女の顔がふと、翳る。
「…ここもね、もうすぐ潰れちゃうって」
「…まじ?」
「うーん…まじみたい」
この不景気の風に煽られたのだろう。それでもこの店はまだ耐えた方だ。この近辺の店はもうほとんど潰れてなくなってしまっている。
「親父さんも、もう歳だからいい機会だろうって」
困ったように眉を下げて笑う彼女に、俺は笑えなかった。
彼女がどれだけここの親父さんを慕っていたか、知っていたから。
"親父さんの笑顔はね、みんなに希望を与えてくれるんだよ"
"もちろんわたしにもね"
"親父さん以上の職人なんて見たことないんだから!"
"身寄りのない私をね、拾ってくれて"
"また食べにきてー!"
"親父さーん"
彼女の、親父さんに向けられる笑顔に惹かれて、俺はここにきていたのだ。
紛れもなく、俺は君の笑顔に、惹かれていたのである。
「銀ちゃんとももう簡単に会えなくなっちゃうねー」
「…お前これからどうすんの」
「んー…またどっか住み込みのバイト、探さないと」
驚くほど早く、俺の口から言葉は溢れ出た。いやはや、自分でもびっくりなんだけど、
「俺ん所くれば?」
いやほんと、びっくりだね。何故だろう今ここで別れたら、もう二度と、会えない気がした。
そんな気がしたから。
目をぱちくりさせる彼女の顔がほんのり輝く。そう。俺はその笑顔が見たかった。
「…いいの?」
「うるせーのがもうすでに2人いんだ。1人増えた所で変わんねえよ」
彼女がくい、と俺の袖の裾を掴む。か細い声でありがとう、と呟いた。
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