「任務完了っと」


暗闇に呑まれたビルの上から点々と光る無数の赤いランプの群れを、いつもと変わらずぼうっと見詰めていた。

都会は眩しい。

いくら夜闇の黒に消えようと、街を彩る色とりどりの鮮やかなネオンの光彩は、痛い程にチカチカ、チカチカ、きらびやかに輝いて、視界を埋め尽くす。

まあその方が仕事もやりやすいんだけど、ね

予告も出さない。姿も見せない。何の前触れもなく成金趣味の豪邸から金目の物を盗ってくる。そして誰も気付かない内に姿を眩ます。

それが俺の仕事。
俗に言う"怪盗"ってゆう奴らしいです。俺。


「また出たってー例の怪盗」


ずずず、とコーヒーを啜る音とともにばさりと広げられた新聞から目を離さず彼女は呟くように話しかけた。

大学3年目にして同棲中の俺の彼女。

どきり、と一瞬動揺したのを悟られないよう「へえ」とだけ言ってソファに寝っ転がってる彼女の隣に腰掛ける。

「でもねえ、すごいの。この人」
「うん?」
「ぜんぶ困ってる人たちにあげてるんだって。しかもだいたい標的は悪徳企業で、その後なにかしら後ろめたい事が出てくんの」
「…へえ」

そこまで知っている事に、少しだけ意外さを感じる。彼女は世間なんてものに興味など微塵もなく、いつだって自分と、自分の生きる世界にしか興味がないのだから。自分の生きる半径5メートル内の事にしか、興味がないのだから。
投げられた新聞はやはり畳むのが下手くそで、何重にも嵩張ってくしゃくしゃになっている。

まあそんな事言ったら結局人間なんて自分の事にしか興味のない生き物なんだけど。

言わずもがな、彼女は知らない。もしその怪盗が俺だと知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。
笑うだろうか。悲しむだろうか。案外、けろっと受け入れてくれるかもしれない。

それを知るのが、怖い


「あたしはかっこいいと思うんだーそうゆう俗っぽいヒーロー」

ゆっくりと彼女の上に覆い被さるように、上から覗き込むと、彼女もこちらを見た。真っ直ぐな目。汚れを知らない綺麗な、瞳。手をついたソファがぎしりと音をたてた。
言葉はすんなりと勝手に溢れて出た。

「もしさ、」

「俺がその怪盗だったら、お前どうする?」

我ながら馬鹿な質問だなあと思って、思わず苦笑。
いつの間に俺はこんなにも彼女を愛していたんだろう。離れたくない想いばかりが胸の内に膨れていく。

犯罪者だ。俺は。

にゅっと伸ばされた彼女の白い華奢な両腕が、ゆっくりと首筋を伝ってくしゃりと髪を撫でた。そのまま抱えられた頭を強引に引かれ、まるで磁石のように、引力のように、至極自然に、唇と唇が触れる。

そしてぎゅうと抱き締められて。

「愛してるよ」

離された唇から紡がれた言葉は、そら恐ろしい程に、優しかった。優しく響いた。

「銀ちゃんが怪盗だろうが何だろうがね、まったく関係ないしそんなのどーでもいいの。愛してるの。しょーもないくらい、愛してるの」

だって、と言った彼女は笑っていた。心底愉しそうに。心底嬉しそうに。

「大泥棒が一番最初に盗んだのは、わたしのここですもん」

とんとんっと胸の辺りを指で突いて。

「おまっ…知って…!」
「当たり前でしょー好きな人のことくらいわかんなきゃ」

世界中の誰も見つけられなくたっていつでも私がみつけてあげるよ

ああもう。本当に敵わない。彼女がそこにいてくれるから。彼女がここで待っていてくれるから。いつだって見ていてくれているから。

俺はいつだって安心して仕事をこなせる。いつだってここに帰ってこれるのだ。

彼女の華奢で、白くて、小さくて、今にも消えてしまいそうな身体を思いきり抱き締めた。強く強く、抱き締めた。

この肌に感じる温もり。生きてる。愛してる。それだけを信じて、生きていけたらいい。







title : Aコース
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