「ねえ坂田」
「んだよ」
「…んーん、何でもない」


私はいつから彼を"坂田"と呼ぶようになったんだったか。
中学に上がった時にはもうお互い名字だった気がする。


銀ちゃん
銀時

坂田。


ご近所さんで、生まれた時からこのかたずっと一緒に生きてきた。と言っても過言ではないと思う。
ならばいつからか。
彼の背中がこんなにも遠くなってしまったのは。

一緒に帰らなくなった。話す機会も少なくなった。名前で呼ばなくなった。

会う機会もほとんど無くなっていた頃、下駄箱に寄っ掛かって「よう」と軽く手をあげた彼の顔を久しぶりにまともに見た気がして、なんだか少し寂しくなる。


「お前のオカンに渡してくれってさ」


うちのオカンから、と渡された物は紙袋。中には数冊文庫サイズの本が入っていて、うちの母親が最近はまっているドラマの原作であることを確認。いい歳こいて主演のジョニーズの子がかっこいいとかなんとかきゃあきゃあ黄色い歓声をあげていたのを思い出して、やや苦笑気味に「ありがと」と言えば向こうも苦笑気味に笑った。(あっちもおんなじような状況なんだろうな)

久しぶりに聞いた彼の声はもうすっかり落ち着いていて、私は一瞬どきりとして。


「坂田ー」
「ん?」
「久しぶりに一緒に帰んない?」
「別にいいけど」


彼の横を歩くのなんてもう何年ぶりだろうか。会話もなく歩きながらちらりと横を見ると、夕陽に照らされて眩しい。

いつの間にこんなに、身長伸びたのかな。

本当に遠い人になってしまったんだと思うと、なぜだかきゅ、と胸が締め付けられて、うまく呼吸が出来なくなる。


嫌だ。なんて。


「いつの間にこんなにおっきくなっちゃってね、昔はあたしの方がおっきかったのに」
「何年前の話してんだお前」
「ほんと、坂田は男らしくなった、」


誤魔化すように笑えば、突如くるりと振り向いた彼の顔は逆光で見えなくて、私は足を止める。


「?坂田?」
「…馬鹿言ってんじゃねーよ、お前こそいつの間にやらそんな女らしくなって」


そっと伸ばされた彼の指が私の頬に触れる。ごつごつした綺麗な細い指。大きい手。鼓動がどくどくと徐々に早くなる。


「こっちは理性抑えんのに必死だったっつの」


徐々に近付く顔に、夕方でよかったと思う。燃える夕陽に照らされて私たちはオレンジに染められた。

きっと私の顔が赤いのも、ばれない。

私はきっとずっとこの人に恋してたんだなあ。そんな事にも気付かずに今彼と結ばれようとしてる事が奇跡だと思う。


そっと軽く触れる唇に、熱がこもる。

ゆっくり離された唇からぽつりと昔のように「銀ちゃん」と呼べば、彼は満面の笑みで笑った。










requested by 杏奈さん
2010.05.12.柳
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