「言ったでしょ、だから」
殺してって。その言葉を初めて彼に投げた日から、もう幾分月日がたった。
忌々しい。ガラステーブルの上でもうすっかり冷めてしまった紅茶も、カップも、暖色で揃えた家具も、部屋も、イルミがいるだけでそれはただ冷たくここの空気を落としていく要素へと成り果てた。
「殺して欲しかった?」
「うん」
「俺に?」
「うん」
「でも、俺が君に死んでほしくなかったからなあ」
唇の隙間からすうっと空気がもれた。それは笑いに変わって空気を揺らした。
「ね、イルミ」
「なに」
「あたし、あんたの事、嫌いじゃなかった」
口に出してみれば存外陳腐な言葉だった。好き、とか、嫌い、とか。きっと言うよりあまり固執するほどのものじゃあないんだわ。あまりにそれは単純で、カンタンで、スタンダードだった。
「恋愛的な意味で、嫌いじゃなかったわ」
我ながら嫌いじゃない、とは何とも、便利で狡猾で、とても卑怯な言葉だと思った。
冷えきった一月の静けさを、肌が吸収して、熱を吐き出していく。冷たくなっていく自分がなんだかおかしかった。腹部の一点を中心に、熱が損なわれていくのと同時に、だんだんと、ぼんやりと頭は霞みがかっていく。
「黙って」
はっきりしない視界に、イルミが近付いてくるのだけ分かって、わたしはゆっくりそちらへ腕を伸ばした。
イルミのからだに触れたとき、その熱を熱いと思うほどに、自分の冷たさを知る。
唇から。触れた手と手。胸、首すじ。その綺麗な黒く長い髪でさえ、じんわりと温かみを感じるほどに。お別れのキスなんだわ。きっと、もうサヨナラ。
「愛しくて」
ゆっくりと紡がれた言葉。本当に。誰かに殺されるくらいなら、本当に君に殺されたかったの。本当だよ。
じんわりと涙が浮かんだ気がした。最後の熱だった。ゆっくりと雫が頬を伝う。
「名前、きみが」
「愛しくて愛しくてしょうがないよ」
彼の揺れる瞳を、初めてみた。
わたしが死んだ日。
罪人よ嵐と踊れ