真っ直ぐに伸びる飛行機雲を見つめて、私は足を止めた。
かさりと手に持つビニール袋が揺れて、なんだか凄く泣きたくなった。
もうずっとここからの景色は変わらない。変わらない。ほら、あったよ、変わらないもの。
そう言ったら君は何て言う?いつもみたいに鼻で笑う?それとも、あの日みたく酷く傷付いた顔をするだろうか。
「おおーおかえり」
「帰ったか、名前」
「銀ちゃーづらあー…人使い荒いよ」
「負けたんだから仕方ないだろ」
今はもう使われていない学校の資料室を改造して、ここは私達の放課後の溜まり場となった。夏休みに入った今でも変わらず気が向いた時にくれば、誰かいる時もあるし一人で過ごす事もある。今日は珍しい事に三人集まってたから、じゃんけんで買い出しを決めた所一発でわたしが負けて、一人でうだうだと徒歩5分のコンビニまで出張。
「フツー女子一人をパシりますか。あんたら本当に飢えた高校男児ですか。ありえねー」
「お前相手じゃ欲情もしねーよアホ」
「うざっ死ねっ」
「何とでも言えー」
買ってきたアイスをビニール袋ごと顔面に投げ付けてやった。不様にべしゃりと音がして、変な呻き声が漏れる。ざまあみやがれ。
「あ」
そのままばらりと袋から漏れて落ちたアイスの数は、4個。
「…ごめん、ついいつもの癖で」
はは、と曖昧に笑えば、困ったように笑う銀ちゃんとヅラ。あんた達は優しいね。分かってて、何も言わないでくれる。
「お前二個食えよ」
「え、無理無理無理ぜったい腹くだすって」
「大丈夫だここからは女子トイレの方が近い」
「そうゆう問題じゃねーよロン毛!!!」
高杉がここに来なくなったのは夏休みに入る少し前の事だったと思う。
もうここには来ない。そう言い放ったあいつに、わたしはどんな顔をしてただろう。
「……明日だな」
「…うん」
「いいのか?お前は、」
「いいの」
いいんだと、思う。きっと、きっとね、今会ったらわたしもあいつもきっともう離れるタイミングを失ってしまう。遠く離れてもなおこの恋を続けるには、私達はまだ幼すぎて、子供で、弱くて。傷付いて傷付けてそれで終わってしまう。
二人は何も言わなくて、それがじわじわと胸に響いて。上空を過ぎる飛行機の音がやけに大きく感じた。
「変わらないものなんてあるかよ」
そう言ったあいつに私は何も返せなかった。九州。海を挟んでしまうほど遠くの地。もうこんな近くに感じられない。体温も、眼差しも、存在も、何も、かも。
目蓋の裏が熱くなる。じわりじわりと。ゆっくりと閉じた瞳からはぼろりぼろりと涙が溢れた。
まいったな。こんなに好きなはずじゃなかったのに。
夜は明けようとしていて、白み始めた空を背にわたしはゆっくりと布団を剥いだ。もう朝だ。8月の10日。火曜日。わたしは生涯この日を忘れないだろう。
「…高杉」
「…こねェんじゃなかったのかよ」
「そっちこそ」
閉まっている門を飛び越えて、勝手に作ったスペアキーで学校の中、いつもの場所に行けば窓に腰掛ける高杉がいた。
「わたしはあんたに言い忘れた事がある」
ゆっくりと振り返った高杉の顔は朝の光に照らされて、とんでもなく綺麗で。
「誕生日おめでとう」
そのまま見開かれた目を見据えて、私は目頭が熱くなるのを感じた。ああどうしてだろう。理不尽さを感じる。
「メールもしなくていい。電話も手紙もなくていい。中途半端ならいらない。でも、」
でも
「覚えてて。わたしはここにいるよ。いつだってここにいる。ここで待ってる。高杉がわたしの事忘れたって、わたしが高杉以外の人を好きになったって、…変わらないものなんてないよ。ない。でも、最後にはわたしは、ここに戻ってくるよ。約束する」
さよならを言おうとして、ぎゅうと抱き締められて、高杉の肩をわたしは濡らした。
「……っ馬鹿野郎」
ばいばい。高杉。
あなたのその言葉にはいつ何時だって狂おしい程の愛が溢れてた
いつだって素直になれないなら、いっそ涙で語ろうとした。
ありがとうもごめんも愛してるも全部詰め込んで、きっと伝わってたらいい。
takasugi birthday 2010