ちゅう。
不意にされたその行為の名前はキス。我に返った私達は所詮男と女。最後の砦が決壊。幼馴染みという枠組みを自ら越えてしまった事に罰の悪そうな顔をして熱っぽい視線を私から逸らす彼も、端からその砦を壊そうと邁進していた私も。所詮は男。所詮は女。
それはいつもより少しだけ空気のじめじめとした梅雨の午後。土曜日の午前授業を終えていつものように帰宅していた時の事。
「あ、雨」
ぽたりと頬を濡らす水滴に顔をしかめていると、彼も暢気に「あー午後から雨降るとか言ってたっけ」とかすっとぼけた事を言って曇天の空を見上げた。
その手に握られていない存在に、私はふと首を傾げる。
「あれ、銀時、傘は?」
「ん?忘れたー」
「天気予報見てた癖に忘れるとか馬鹿なの?あんたまじで馬鹿なの?」
「うっせーなーお前持ってんだろ」
「入る気?やだよ、あたしの肩濡れんじゃん。傘ってゆーのは一人用なのーそう甘い話があるか。馬鹿め」
「いーじゃねーか。おめーの傘無駄にでけェだろ」
「いやですうー」
「お前俺んち出禁にすっぞ」
むぐ、と押し黙ると彼はにやりと笑った。ずるい。私にとって坂田家はオアシスだ。パラダイス。一晩中2人でゲームで無断外泊なんてザラにある。
「卑怯者、」
「なんとでも言え」
身長差から結局傘は彼が持つ事になる。2人して濡れないように内側にって、私と彼の肌は0距離。
どっからどうみてもカップルだろ、これ。
私は気付かれないように溜め息を漏らす。わかってんのかこの男。
「銀時、」
「ん?」
「端からみればカップルにしか見えないんだけど」
「…俺達はただの幼馴染みだろ」
「私は、」
私は狡い女なんです。あんたが思ってる程、私達はもう昔のまんまじゃいられない。
「銀時の事幼馴染みなんて思った事、一度もないよ」
ゆっくりと見開かれる彼の目を真っ直ぐ見つめる。ざあざあと降る雨の音が轟いて、雨足が強くなるのを感じた。
こんな時じゃなきゃ言えないなんてね。私は密かに苦笑する。本当は怖かっただけ。最後の砦は強固で未知で。私は幼馴染みの居心地の良さにやっぱりこの関係を壊したくなかったのだけれど。
いつまでも実らない片想いなんて、寂しいだけじゃない。
私は狡い女なんです。笑って下さい。愛されたいなんて自分でも馬鹿馬鹿しいと思ってます。
そして冒頭に至る。
「っ…!!」
離れる唇に、熱が集中する。何これ。ばくばくばくばくと、鳴り響く心臓の鼓動も、しばらくは収まりそうにない。
「…馬鹿じゃねえの?」
傘を持つ手とは逆の手。私の頬を包み込んで、さらりと髪の毛が絡め取られる。彼が触れた部位が熱を帯びる。まだ生暖かい空気が私達を取り巻く。彼の顔は至って冷静で、いつものように気だるそうに、いつもの調子で。彼の鼻先と私の鼻先が付きそうな位の近距離。彼は笑った。
「いつでも女としか見てなかったよ」
そう言ってそのまま私は耳を甘噛みされて、思わずびくりと身体が反応する。
ああなんだ。とんだ茶番だ。私も彼も、ただ関係が崩れる事に怯えて恐れて怖がって。言い出せなかっただけなんじゃないか。ただ私が狡い女であるように、私が思ってる以上に彼も狡い男だったって話。なんて滑稽。なんて不愉快な茶番劇。あー馬鹿らし。
「あーあーなんか、馬鹿みたいね」
「みたいじゃなくて馬鹿なんだろお前が」
「銀時よりは馬鹿じゃない自信がある。むしろ自信しかない」
「言ってろバーカ」
「バーカ」
不器用な夏の雨足雨は止んだ。雲間から覗く青空。もうすぐ夏がくる。
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企画High School!様に提出
楽しかったーヘタレ組^0^
2010.柳