星の無い空に赤い月が浮かび、水の無い大地に枯れた木がまばらに生えただけの荒れ果てた国を照らす。
そこには、周囲を巨大な壁で囲われた巨大な砦がそびえたっている。
その要塞の唯一の出入り口に強固な扉がついており、その手前には小さな小屋が建っている。
ここは、要塞の門番が住まう家。
『わぉん!』
その小屋の外で犬が吠えると、少しの間をあけて小屋の扉が開いた。
「なんだ、ベルス?」
門番とみられる少年の応答があったため、吠えるために一度地面に置いたものを再びくわえて歩み寄る。
ベルスと呼ばれたその黒くて大きな犬は、頭に三本の角が生え、ふさふさした尻尾をはやしている。
「なんだそれ?」
くわえているものを見て、首を傾ぐ。
するとベルスはそれを主人の目の前の地面に置いた。
その後、指示を待ちわびるように、尻尾でぱたぱたと地面を叩いた。
――おなかを空かしているようだ。
ベルスの様子からそんな推測をしつつ、少年は足元に目を落とす。
地面に置かれていたのは、黄金の輪と純白の翼をもつ、ふわふわした金髪の色白な少女。
「……」
その分かりやすい特徴から判断し、彼は表情を変えずに顔をあげた。
「これは食べちゃダメだぞ」
どうやら、天使を食べてはいけないらしい。
『きゅう……』
ベルスはしょんぼりと頭と尻尾を垂れた。
*
「ほわぁ!?」
意識が撹醒し、勢いよく身を起こした彼女はハンモックの上で盛大に揺れた。
「起きたか」
ここはどこだときょろきょろとあたりを見回していると、殺風景な小屋の片隅に座っていた一人の少年が目に留まる。
コウモリのような漆黒の翼をもち、尻尾と触角のようなものを生やした銀髪でとんがり耳の赤い眼をした褐色少年。
「悪魔さんですか?」
「悪魔さんです」
少女の問いかけに、オウム返しするように答える。
「わあ、はじめてお目にかかりましたです! はじめまして、テテは天使のテテ=オルテーゼと申しますです!」
すると少女、テテは緑の目を細め、若干不自然な丁寧語の連なりで素敵に笑って挨拶した。
「そうか」
ぺこりと頭をさげた彼女を見て、少年は小屋の出口を指差した。
「帰れ」
唐突なお暇願い。
「ここは地獄だから、気合い入れて飛べばお前の国に帰れるだろ」
礼儀も何もあったもんじゃない返しに、テテは思わずこう言った。
「えへへ。お恥ずかしながら、テテ、飛べないのですよ〜」
*
「テテはお庭で飛ぶ練習をしてたです」
そう話し始めたテテは、翼をぴこぴこ動かしながら思い出す。
「なかなか飛べなくて、そこで助走をつけてみることにしたのです。お庭の端からお庭の端。それでもダメでしたので、お庭の端から裏山のてっぺんまで」
助走なのに坂を登ったのか、と少年が思ったところ、
「そして下り坂の方がいいことに気がつきまして、そこからさらに走って裏山をかけおりたのです!」
テテはちゃんと下り坂を選んだようだ。
しかし、天使って飛ぶためにずいぶん長い助走が必要なんだな。
「するとですね、なんとその先が崖だったのですよー!」
こいつ、走ってただけで飛んでねぇ。
「……そこから落ちてきたところをベルスが見付けて拾ってきたわけだな」
飛べないことを理解した少年は、面倒くさそうに立ち上がってと話をしめくくった。
「べるす?」
「ん」
「わあ、大きなわんちゃんです〜!!」
疑問符を浮かべたテテに対してドアの向こうにいるでかい犬を指差す少年。
犬の名前であると理解した彼女は、ベルスにとことこと駆け寄った。
「はじめまして、テテは天使のテテです!」
テテがぺこりとおじきすると、プイっと顔をそむけるベルス。
「あれれ?」
どうやら彼女を食べられなかったことが不満だった模様のベルス。
おなかが減っているためご機嫌斜めになっていたが、しっかりしつけられているのか、食べちゃダメという主人の命令はきちんと守っていた。
「飛べるようになったらさっさと帰るんだぞ」
ベルちゃん、ベルちゃん、と早速愛称をつけて呼びかけているテテにむけて、少年は小屋のドアに寄り掛かりながらそう言った。
「わあ、飛び方を教えていただけるのですか?」
その一言に振り向いてぱあっと瞳を輝かせた彼女に、
「とにかくはばたくんだぞ」
彼は、アドバイスも何もあったもんじゃない指示を出した。