チョコレートのかおりで満ちたキッチンにて。
「まお、何してるんだ?」
褐色悪魔のロアは、いつも通りあぐらをかいた状態でパタパタと飛んでいた。
「チョコレートケーキ作ってるの」
見えざるものの問いにさらりと答えるまお。
今は夜ということで、家族は各々部屋に戻っている。
甘いもの嫌いな兄が何か文句を言っていたが、そんなことは知ったことか。
「ちょこれーとけーき」
おうむ返しするロア。
チョコレートケーキは知っている。
この前、まおが学校帰りにケーキ屋のチョコレートケーキを凝視していた。
……ん?
と言うことは、
「まお、買ってきたほうが早いぞ?」
ケーキなら、売ってるじゃん。
「いいの! せっかくやる気になったんだから」
そんなことはまおだって知っている。
彼女は応えながら湯煎を終えたチョコレート入りのボウルを持って、先ほど焼き上げたチョコレートケーキの所へ移動した。
そして、それにチョコレートでコーティングする。
「……」
「……」
「……、まお」
「何?」
「買ってきたほうがうまそうだぞ?」
「お黙りなさい」
なんとなく、何を言われるのかの予想はついた。
しかし、言われたら言われたでイラッとくる。
「いいの! こういうのは気持ちが大事なの!」
「そんなもんか」
「そんなもんだ!」
すんなりと納得したらしいロア。
するとまおは、パタパタと冷蔵庫に移動し、その中から先に作っておいたチョコレートケーキを持ち出した。
「はい、テテと半分こね」
手渡すと、きょとんとした顔が見返してくる。
「くれるのか?」
「うん、あげる」
買ってきたほうが美味しいだろうけどね、と苦笑いするまおとは対照的に、ロアはぱあっと顔を明るくした。
「まお、いい人だぞ!」
「はいはい、気を付けてね」
ケーキを受け取ったロアは、パタパタと機嫌良く帰っていった。
――翌日。
「がっ……」
なたから貰ったバレンタインプレゼントの箱を開けたまおは、その中身に驚愕していた。
何故ならば、そこにあったのはザッハトルテの完成形。
しかもあのケーキ屋さんの。
学校帰りに凝視していたことがばれてたのか。
流石なた。
うん、美味しそう!
「っじゃなくって!!」
ぶんぶんと頭を振って思考を切り替える。
そう、問題はこれが完成形で、そしてその代わりにあげたのが"もどき"だということ。
美味しそうなケーキをあげたら、残念なケーキもどきが返ってきた。
最悪だ。
あたしは今日、まさに恩を仇で返してしまったようだ。
「なたにあげたんじゃないのか?」
「違うですよー! バレンタインは、好きな人に贈り物をする日なのですよ!」
声にならない悲鳴を心内であげつつ、頭を抱えているまおの背後に、ロアとテテが現れた。
しかし、そんなのに構っている余裕はない。
「まおちゃんまおちゃん! 好きな人に渡せたですかっ?」
もう一度言おう、そんなのに構っている余裕はない。
「ごめん!!」
しゅばっとケータイを取り出して電話をかけたまおは、なたが出ると同時に盛大に謝った。
「……」
「……」
「……」
後、静寂。
ロアとテテも、思わずびくっとしたまま固まっていた。
『……、別に構わん』
そんな静寂を破ったのは、なた。
『ありがとう、美味しかったぞ』
彼女はそれだけ言うと、電話を切った。
「……」
「……」
「……」
続、静寂。
「ま、まお?」
「ど、どうしたのですか?」
電話なんて知らないロアとテテは、今の状況がさっぱり分からない。
状況把握のため、恐る恐る話し掛けてみると、
「……、………………い」
「「い?」」
まおは、ゆっくりぎこちなく振り向いた。
「イケメンんんんんん!!」
その叫びを聞いて、イケメン何それうまいのかと新手のお菓子を期待するロアと、ますますキラキラした勘違いをするテテであった。