心地よい眠りから目が覚めて、まおは起きむくれな格好でカーテンと窓を開けた。
ふわりと入り込んだ風に長い黒髪が弱くなびく。
(うん。やっぱり余裕って大切)
時間に追われない土日が大好きらしいまおは、部屋が通りに面していないのをいいことにしばし停止。
寝癖など気にもとめずに、今日は何をしようかな、などとゆるく思考を開始した。
「まおちゃーん!」
「おわあ?!」
すると、窓の外からひょっこりと現れた金髪ボブ少女。
ちなみにここは二階。
この窓の外から顔を出して話し掛けられた経験がなかったまおは、立派な悲鳴を上げてベッドから転げ落ちた。
『? まお、どうした?』
ちょうど部屋の前を通りかかった彼女の兄。
彼は、妹の悲鳴とドスンという大きな音を不審に思ってドアごしに問い掛けた。
「あ、き、気にしないで、なんでもないっ」
ゆえに、まおは打ち付けた腰を擦りながら平静を装う。
『……相変わらず寝相悪いな』
「ち、違うし! ちょっとベッドから転げ落ちただけだし!」
『それを寝相が悪いって言うんだろ』
「うっさいし!!」
やれやれといった口調で捨て台詞をはきながら去っていく兄の足音を追うように、まおがぷんすか怒ってみたところで、
「ご、ごめんなさいですー! 大丈夫ですかっ? お怪我はありませんですかっ?」
先ほどの金髪少女がぱたぱたと翼を上下させて部屋に入ってきた。
彼女の名前はテテ。
純白の翼と、文字通りのエンジェルリングを持った天使な女の子。
ちなみに、今日もでかいウサギさんのピン止めを付けている。
「う、うん。大丈夫。よくやるから」
あわあわと心配するテテに、まおは応える。
その応えからして、兄の言った通り、彼女の寝相は悪いらしい。
「……で、あの、質問いいかな?」
ごめんなさいですごめんなさいです言っているテテに、まおは質問の前に質問をした。
「は、はいです?」
それを受けて、テテはぴしっと座りなおす。
質問どんとこい。
「なんで家の住所知ってるの?」
まおからのごもっともな質問。
二人の出会いはつい最近。
道に落ちていた五百円玉を発見してしまったのが、そもそもの間違いの始まり。
それからちょいちょい登下校中や学校に出没していたものの、家を教えたことなどない。
「はい! 最近ロアちゃんと一緒にまおちゃんを追跡してるのですよー!」
まあ、学校に現れた時点でおかしいのには薄々気付いていたんだけどね。
「それってストーカーじゃ」
「はい! このスカートはお気に入りなのですー!」
「いや、そんなことは聞いてないんだけど」
「十字架とフリフリでとっても可愛いのですー!」
「……よかったね」
ツッコミ、効いてないし聞いてない。
「それで、今日はなんのご用ですか?」
何かいろいろ諦め始めたまおは、取り敢えず用件を尋ねてみた。
「あ、はい! テテ、まおちゃんにお土産を持ってきたのですー!」
すると、テテは思い出したようにエンジェルリングに手を突っ込んだ。
(突っ込んだ?!)
思わず二度見するまお。
当たり前のようにテテの頭の上に浮いていたエンジェルリング。
それを左手で掴み、輪の中に右手を突っ込んだテテの手は、不思議なことにリングの向こう側には出てこない。
にゅっ
代わりに、その右手を引っ込めると、何やら今まで存在していなかったはずの小包みが。
(よ……っ)
つまりは、アレだ。
(四次元的な何か……!?)
エンジェルリングってそんな使い道が? と衝撃を受けていたまおに、テテは小包のフタを開けてみせた。
「はい! どうぞですー!」
輝かんばかりの素敵な笑顔。
「あ、ありがとう……?」
なんだか知らないうちに懐いている彼女の気持ちを無下にするのもちょっとどうかと思ったまおは、その箱を受け取って中を覗き込んだ。
「……、弓矢?」
中に入っていたものは、どことなく見たことのあるデザインの弓矢。
全体のピンクピンクした色合いと、ハートの矢じり。
「はい! "キューピッドの弓矢"ですー!」
なんとなく、予想はついた。
「……はあ……」
だがしかし、反応に困ったまお。
取り敢えず相づちを打ってみると、
「テテ、日本の文化をお勉強してきたのです! 日本の女の子は、十六歳になると恋をするのですよね!」
「……へ?」
テテは、熱心に語り始めた。
「ある人は食パンをくわえて曲がり角を曲がった際にごっちんして出会ったり、ある人は偶然隣の席の人と、そしてまたある人は生け贄になったときに助けに来てくれた異界の人と!」
なんだそのベタな世界。
「あの、何で勉強したのかな?」
そう思ったまおは、質問ばかりして悪いなとは思いつつも質問する。
「はい! マンガという本で!」
すると、テテが持ち出したのは、教科書という認識をされた漫画。
「マンガは、日本の文化なのですよね!」
いや、間違っちゃいないのだけれど。
「あの、ここね」
テテから漫画を借りたまおは、パラパラとそれをめくった後、あるページを指差した。
――この作品はフィクションです。
「つまり、作り話ってことなの」
実際の人物、団体、事件などには、いっさい関係ありません。
「――?!」
衝撃のテテ。
「だ、だってロアちゃんが……!!」
「ああ、じゃあ、きっとからかわれたんだね」
よろれりとよろけた彼女の肩を、ぽんと優しく叩いてあげるまお。
「そ、そんなです〜……」
「ま、まあ、あたし好きなヒトいないんだけど」
しょぼーんとした彼女を元気づけるべく、まおは、キューピッドの弓矢なるものを手に取った。
「何? これで本当に相手のハートを射抜けるの?」
それこそ、漫画の中みたいなお話なのだが。
「は、はい。はす向かいのキューピッドさんがそう言ってたです」
「……はす向かい?」
近所か。
近所にキューピッドさんが住んでいるのか。
「ふぅん。そっか、すごいね」
キューピッドさん実在説に若干の驚きを覚えつつ、まおは話をそっち方面に移し替える。
ボウガンのようなそれは、見た目的に、この持ち手部分にある引き金を引けばいいのかな?
ガチッ
試しに壁に向かって射ってみる。
ズガアアアアアアアン!!
するとそれは、近代兵器と対等に渡り合えるぐらいの威力をもってして、いともたやすくその壁を破壊し、その先の地中深くまでめり込んだ。
「……」
「……」
「「……」」
そりゃあ、ハートなんて簡単に射抜けるでしょうとも。
「……、……テテ?」
「うわーん! ごめんなさいですごめんなさいですごめんなさいですー!!」
どうやらキューピッドさんにもからかわれたらしいテテ。
この後まおは、家族にこっぴどく叱られるのであった。