教科書やノートをカバンに入れて、さっさと帰ろうとした矢先に、
「!」
ぽつり、と雨が窓を濡らした。
それは、あっという間に強くなり、ざあざあと音を立てる。
「……傘、持ってない、です」
降り出した雨を見上げて、彼女、鈴はぽつりと呟いた。
どうしよう、帰れない。
いや、帰ろうと思えば帰れるけど、間違いなくびしょ濡れになる。
でも自分が持ってないのに麗が持ってきてるわけないだろうな。
「傘持ってきてないの?」
「!」
とか思っていると、
「じゃあ、僕の傘に入る?」
現われたのは、葵。
彼はいつも通りにくすりと笑って、いつも通りの親切を差し向けた。
「……!」
――僕の傘に入る?
「い、いいの、ですか?」
「うん」
「ありがとうございます、ですっ!」
願ってもない彼の申し出に、鈴は分かりにくく表情を明るくした。
「あ、いたいた! 鈴ーっ!」
と、そこへ麗が現れた。
「? 麗?」
「ねー鈴、傘持って」
首を傾げた直後、麗が言いそうになった言葉を、
「麗、悠が探してた、ですっ」
鈴は、慌てて遮った。
「っえ?! マジで!?」
それに、なんの疑いもなく食い付く麗。
「え、え、何の用っ?」
「大事な話、って言ってた、です」
「マジか?!」
「まじ、です」
嘘八百。
「え、悠はどこに!?」
「体育館の裏、です」
「うおお、なんだその何か素敵な予感がもりもりな場所指定!! ちょ、行って来る!!」
平気で嘘をつく鈴の話を本気で信じた麗は、元気に教室から走り去っていった。
「? 体育館の裏って、この雨の中?」
「悠、変わってる、です」
葵のご尤な疑問をさらりと受け流す鈴。
「葵!」
と、そこへ今度は悠がやってきた。
「? 悠?」
「葵、悪いが傘」
小首を傾げた直後、悠が言いそうになった言葉を、
「ゆ、悠、なんでここにいる、ですかっ?」
鈴は、再び慌てて遮った。
「は?」
「そうだよ、悠。今、麗が悠を探しにいったのに」
鈴の話を本気で信じた葵の言葉を、
「は? アイツが?」
本気で信じた悠。
「うん。大事な話があるからって、体育館裏に」
なんだかとても都合よくはしょって説明してくれた葵。
「――!?」
大事な話で体育館裏?! と、ベタなシチュエーションにびっくらこいた悠は、
「悪い、ちょっと行って来る!」
慌てて教室から去っていった。
「すれ違いになっちゃったみたいだね?」
「は、はい、です」
鈴の嘘は、図らずも二人の背中を押してやりつつ、図らずも二人を窮地に追い込んだのであった。
「じゃあ、帰ろっか」
ともかくこれで麗と悠は会えるだろう、と安心した葵は、再びくすりと笑ってそう言った。
「は、はい、です!」
無事にお邪魔虫を追い払うことができた鈴は、こくりと頷いて歩きだす。
そうして、二人が昇降口まで来たところで、
「おー、葵、りんりん」
今度は、死神が現れた。
「く……っ!」
次から次へと……! と、鈴は無表情ながら腹を立てる。
「あ、死神さん」
一方、葵はいつもの笑顔で呼び掛けに応える。
「今から帰りか?」
「はい」
「フッフッフッ。ではオレ様も」
頷いた葵に、死神が言いそうになった言葉を、
「わ、恒、悠が呼んでた、ですっ!」
鈴はまたまた慌てて遮った。
「な、何?! ゆうこりんが!?」
どうやらこの愉快な仲間たちは、疑うということを知らないらしい。
「はい、体育館裏で待ってる、です」
得意のポーカーフェイスが冴え渡る鈴。
「フッフッフッ、了解した。情報感謝するぞ、りんりん」
すると死神はお礼を言った後、体育館裏へと歩いていった。
今度は図らずも二人を邪魔して、図らずも二人を助けたであろう鈴。
とにもかくにも、これでようやく邪魔者はいなくなった。
「わあ、すごい雨だねぇ」
「はい、です」
傘を広げて、雨の中を二人で歩く。
「あ、そう言えば今日ね」
他愛ない話をしながらの帰り道。
「そうなの、ですか?」
今ごろ麗と悠と死神がどんな状況だろうが知ったこっちゃ無い。
「ふふ、葵、面白い、です」
「ええ? 鈴、ひどい」
自然と崩れるポーカーフェイス。
どしゃぶりの雨の中、暖かな笑い声に包まれて。
こんな時間がいつまでも続けばいいと、心の底からそう思った。
しゅぱん
――矢先、傘とともに葵が消えた。
「あお――……?!」
この感じは知っている。
これは、自分も経験したことのある、ろーぷれの世界に召喚された時の感覚。
間違いなく、あのピエロ少女の仕業である。
しのぐものが無くなり、ダイレクトに降り掛かるどしゃぶりの雨の中。
「……」
ぶちり
鈴は、静かに激怒した。