広大な森の中にある静かな町、アクリウム。
国立病院という名の大きな病院を有し、医療の町として名高いこの町には、もう一つ有名な場所があった。
「ありがとうございました〜」
それは、この青い屋根の二階建の家。
一階の一部を占有する美容室は、国王様や王国騎士団御用達とかいう噂が広がっていた。
「……」
しかし、人気の割りには美容師さんはただ一人。
よって、順番待ちの予約客がいつものように座って待っている。
「……あ、あの。これどォぞっ」
その様子を店内と家の境であるドアから見ていた幼い眼帯少年、ポトフは、お盆に載せたお茶を危なっかしくお客様に運んでいった。
「! まあ、ありがと」
が、お礼を最後まで言い終える前に、彼は慌ててドアの影に引っ込んでいった。
「……う……」
「あはは、可愛いでしょう? ポトフくんっていうんですよ」
ちょこっとだけ顔を出しつつもしっかり隠れている彼を見てきょとんとしたお客に、美容師、ソラは面白そうに笑ってポトフを紹介した。
*
「お手伝いしてくれてありがとう、ポトフくん。 でも、あんなに一生懸命に隠れなくてもいいんだよ?」
店を閉めてキッチンに立ったソラは、フライパンを片手に口を開いた。
「え、でも」
その隣で、椅子の上に立ってハンバーグのたねをペタペタしているポトフ。
「……おきゃくさん、たたいたりしない?」
彼は、ソラを見上げて恐る恐る質問した。
「あは、大丈夫、絶対に誰も叩かないよ。 て言うか叩いたら燃やすけど」
それににこっと笑って答えた後、ソラは何かボソッと呟いた。
「ほんとうっ?」
「うん、本当本当!」
しかし、ポトフはそれを聞き取れなかったようで。
「はい、焼くよー」
ばっちり頷いて見せた後、ソラが何事もなかったかのように油をしいたフライパンを火に掛けようとしたところ、
「ええェ? 俺、あれがいい」
ポトフは不満そうに口を尖らせた。
「あれ?」
「あれ!」
聞き返すと、そのまま返ってくる言葉。
「うーん……」
と、ソラが少し悩んだ末に、
「じゃあ、エリアには内緒だよ?」
「! うんっ!!」
と言ったため、少年の顔はぱあっと明るくなった。
「よし、じゃあいくよ?」
そんな顔をされたら張り切ってしまうソラ。
たねを並べたフライパンを何もないテーブルの上に置き、空中を指差してから一言。
「バーンバニッシュ!」
宙に小さな炎の剣を出現させたと同時に、人差し指を振り下ろす。
するとそれに従って、炎の剣はフライパンの真ん中に飛び込んでいった。
どかあああん!!
そして突き刺さったかと思うと、直ちに小規模な爆発が起こる。
「うわァーっ!!」
もちろん加減はしているものの、コンロとは比べものにならない火力で、あっという間にこんがりと焼けたハンバーグの完成。
「すごいすごいっ! おにィさんかっこいーっ!!」
完全に使い方を間違えた炎魔法に、ポトフは片目をキラッキラに輝かせる。
「あはは、ありがとうポトフくん」
なんならもっとでかいバーンバニッシュをかましてあげたいが、いかんせん、今晩のメインが無くなってしまう。
そんな危険なことを思いながら、きゃっきゃっと喜んでいるポトフに微笑むソラであった。
*
壁にかけられた時計が八時半を指す頃になって、
「……おねェさん、おそいね?」
図鑑を見せてもらっていたポトフがそう言った。
「うん、まだお仕事が終わらないのかな?」
その名も、爬虫類百科。
自分の趣味全開な図鑑をポトフと一緒に見ていたソラも、時計を確認して言葉を返す。
くぅ……
すると、ポトフのお腹が小さく鳴った。
「ポトフくん、ご飯食べる?」
実はまだ晩ご飯を食べていなかった彼ら。
お腹を空かせたポトフにソラが問うと、
「んーん、おねェさんがかえってきてからにす」
首を左右に振っている途中で、彼の再び腹の虫が鳴いた。
「あ……だっ、だいじょぶだよっ?」
慌ててお腹を押さえて笑ってみせるポトフの気持ちを汲んで、
「……じゃあ、先にお風呂にしよっか?」
ソラは別のことをして気を紛らわせる作戦を提案した。
「! うん!」
*
お風呂からあがってパジャマに着替えて、髪の毛を乾かしてもらうためにソラの第二の炎魔法が決まった後の、
「まだ帰ってこないね?」
九時過ぎ。
「……うん……」
九時と言えば、よい子はもう眠る時間。
どうやらそのよい子な習慣が身に付いているらしいポトフは、眠そうな目を擦りながら応える。
「ポトフくん、眠い?」
心配したように聞いてみると、ふるふると否定する。
しかし、実際はうつらうつらしている彼を見て、ソラはエリアに早く帰ってきてと念を送ってみることにした。
がちゃ
「ただいま〜」
「「!」」
え、嘘、ホントに帰ってきた。
「おかえりなさァい!」
びっくらこいているソラをよそに、ポトフはぱたぱたと玄関へとエリアを迎えにいった。
「え、ポトフくん!?」
もう寝ていると思っていた彼に出迎えられて驚くエリア。
「おねェさん、はやくはやくっ!」
そんな彼女の手を引いて、ポトフはキッチンへ戻ってきた。
「ええ!? そんな、こんな時間まで待っててくれたのっ?」
テーブルの上に並んだ料理を見て、エリアが申し訳なさそうにポトフとソラに顔を向けると、
「うん、だって」
それに頷いたソラが再びの炎魔法で料理を温め直し、
「きょうは、おねェさんのおたんじょォびだもん!」
冷蔵庫からケーキを運んできたポトフが、にっこりと笑ってそう言った。
「――!」
あ、そう言えば。
なんて、言えない。
「お誕生日」
「おめでとォ、おねェさん!!」
「あ、うんっ! ありがとう、二人とも!」
――こうして、温かく祝福されたエリアのお誕生日会が始まったのであった。