びよ小話 | ナノ

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校日和

ココアと雨の日

 山の奥地のフェノリリル。
温泉街として知られるこの街の、主に旅行客を迎えるバス停に、一人の村人が立っていた。

「乗りますか?」

バス停と言うよりも、馬車停と言った方が正しいのであるが。

「あ、いいえー」

手綱を持った運転手の言葉に、村人、ココアは首を左右に振った。

「……、ちょっと早かったかなー?」

汽車のやってくる駅へと、再び向かっていった馬車を見送りながらの一言。
時計を見ると、約束の時間よりはまだ少し早い。

「……次かなー」

きっと次のバスだと考えたココアは、取り敢えず暇なので身だしなみを確認してみる。
新しく買ったお洋服。
毛玉なし、ほつれなし。

「うわう、値札ついてるー!?」

しかし、致命的なミスを発見。

「危なかったー、これでよし!」

値札を取ったココアは、最終確認で手元を見る。
バッグの中には、手作りのお弁当。

「ふふ♪」

我ながら自信作である。
 バスがやってくる方向を確認しながら、早く来ないかなー? なんて思っていると、

「……って」

ココアは、とあることに気がついた。

「何この乙女思考ー?!」

そして、途端に恥ずかしい気持ちでいっぱいになる。

「うああ、穴があったら入りたいーけど穴がないーーー!!」

急にうがーっと頭を抱えて騒ぎだしたココアに、通行人さん方の視線が自然と逸らされる。

「うー、落ち着きなさいココア、これは初デートなのよー!!」

それに気付かず、ココアはバス停の時刻表に頭突きしながら精神を落ち着かせようと試みる。

「そう、初デ……」

が、しかし、

「うにゃーーーーー!!」

デートという単語が更に彼女の落ち着きをなくさせたらしい。
彼女の発言から、どうやら今日は初デートのようだ。

「やっぱり穴! よし、なければ掘るかー!!」

バス停に来ようとしていた人が思わず引き返していくほど荒れたココア。
 彼女が自分で穴を掘ろうと自身の腕をドリル化させたところで、

ぽつっ

「へ?」

突然の、雨。

「うそ、雨ー? そんなの聞いてな」

ぽつぽつぽつと景気よく降り出した雨に不意打ちとばかりに口を開いたところ、

「い、って、あれー? もしかして私だけー?」

街ゆく人々が当然のように傘を広げて歩きだしたのを見て、ココアは自分だけ情報を共有していなかったことに気がついた。

「やー!」

 ゆえに、ドリル化を解いて慌てて近くの木の下へ。

「っもー最悪ー……、あ」

雨に振られたところをハンカチで拭いていると、バス停に停まるバス。

「……」

が、お目当ての人物は降りてこない。

「……?」

時計を見ても、待ち合わせの時間はすでに過ぎていた。

「もしかして、暴走してたときー? でも、流石に気付くよなー」

暴走していた時にもバスが来ていたらしい。
しかし、それを見逃すほど我を忘れていたわけではない。

「……」

 ざあざあと降る雨の中、ココアは口を閉ざしはじめた。
ちなみに、ここまでずっと独り言である。

「ご利用ありがとうございました」

次のバスにも乗っていない。

――来ない?

 そんな、疑いの気持ちは一度始まると止まらない。
夏休みにデートしようって言ってくれたのに。
あの笑顔もあの約束も、全部冗談?
そうだ、フェミニストな彼は大の人気者で、いつだって大勢の女の子たちがいた。
だから、わざわざこんな遠いところまで来なくたって相手はいくらでも。

「また……あの時とおなじ?」

彼に初めて出会った次の日、張り切って待ち合わせ場所に向かうと、そこにいたのは女の子たちに囲まれた彼。
思わず足が止まってしまった。
勝手に自分だけが特別だと思い込んでいた。

「……バカみたい」

ぽつりと呟いた声は、降りしきる雨に掻き消された。
この日のために新しい服を買って、早起きしてお弁当をつくって、来もしない彼を一時間以上も待って。
自嘲とともに、一筋の涙が輝いた。

「ココアちゃん!」

 ――ところ、

「へ?」

「本当ごめん!!」

傘をさした眼帯少年、ポトフがバス停から走ってきた。

「――!」

本当に、来てくれた。
疑いの念が晴れ、桃色の瞳が鮮明に彼を映す。
こちらに向かって走ってくる彼に、ココアは堪らず駆け出そうとした、

「なんと言うか」

その、直後。

「牛乳の賞味期限が切れてたらしく!!」

ポトフは、遅刻の理由を具体的に述べた。

「・・・」

台無しである。

「本当ごめんっ! いや確かにもうすぐ切れるかなァとは思ってたけどまさか一週間も前に切れてるとは」

ぐだぐだと口を叩く彼に、がたがたと震えだした彼女は、

「おっそいわこのおバカーーー!!」

ごしゃあ!!

力いっぱいお弁当箱を投げつけた。

「って、ああ!? せっかくお弁当作ったのにどーしてくれるのよー?!」

「えええ、俺のせい!? でも大丈夫! ココアちゃんが作ってくれたお弁当ならたとえ雨のなか泥のなか!!」

「って、やめー?! 今朝お腹壊してたんならちょっとは学習しなさいよーーー!?」

――そんなこんなで、無事、でもないが、彼との約束が果たされたのであった。


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