「あー! 腹立つ!」
と、切り出した麗は、勝手に怒りをぶちまけた。
「ちょっとナイフ外しただけで"使えない"とか舌打ちしやがってからにあのカッパ野郎!」
どうやら怒りの矛先は、悠。
しかしいつものことなのか、鈴は特に表情を変えることなくイチゴミルクをこくこく飲んでいる。
「ヒトが折角加勢してやろうと思ったのにさ! "黙れどアホ引っ込んでろ"ってもー何あいつ締めに"消えろ"とかもうぜってー助けてやらねーし!!」
うがーっと頭を掻きむしりながら憤る麗。
「……それは、そのまま受け取るから腹が立つ、です」
そんな彼女を目の前に、鈴はコップを置くと静かに口を開いた。
「そんなときは、聞き流す、です。……それか」
え? と動きを止めた彼女に対して、
「葵辞書を使う、です」
鈴はさらりとそう言った。
「葵辞書?」
首を傾げる麗。
当然の疑問だろうと、鈴は近くでドーナツを食べていた葵に声をかけた。
「葵、質問、です」
「? なぁに?」
急にクエッションタイムに突入したことにも戸惑うことなく、葵は質問に対する答えをいう構えを自然にとった。
「悠は何をもって麗に"使えない"と言った、です?」
なんの脈絡もない質問。
「えっと……、きっと、麗じゃ相性が悪いよって思ったんだよ」
それに対しての、解答。
この時麗は、葵辞書という言葉の意味を理解した。
「では同様に、"どアホ"」
「うん。えっと、"それは違うよ"」
「"黙れ"」
「よく聞いて」
詰まり、悠の言葉を葵に訳させるということ。
なるほど、こんなふうに聞こえるから葵は悠の口の悪さを注意したりしないのか。
それにしてもこれは嘘だろ。
恐るべし平和脳。
「ありがとうございました、です」
「ううん」
と、麗が考察していると、質問を終えて葵にお礼を言った鈴が、再びこちらに向き直った。
「……葵辞書を使う、ですと」
そして、先程の葵の解答をまとめてくれた。
「"麗では相性が悪い。違う、よく聞いて。ここは俺に任せて。危ないから下がってて"、……と、悠は言いたかったよう、です」
口の悪い悠語の、平和ほのぼの葵訳。
「……、………………」
こんなふうに聞こえてたら、どんなに良いことか。
「なんかセリフが非常に格好良くなってるううう?!」
「るっせぇな……」
思わず叫びツッコミを入れた麗の後ろから、今しがた現れた悠の悪態が飛んできた。