ろぷ小話 | ナノ

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ーぷれ

初めの一歩

 気が付けばそこは知らない世界、なんて、とても信じられなかったけれど。

「我が国のもっとも重要な資金源である鉱山を、悪い魔物から取り戻して欲しいのです!」

 眩しいばかりの金色を揺らしながら、一国の王子、ラフカディオは、剣を背負った一人の旅人に懇願した。
金が大量に採掘できるその鉱山は、国の最たる資金源。
民の豊かな暮らしは、豊かな資源がなくては成立しない。
それを魔物に占拠されてしまったということは、まさに一大事。

「い、いえ、お力になりたいのは山々なのですが……」

 事情を聞いた銀髪の旅人、葵は言葉を濁す。
困っている人がいたなら力になりたいというのが彼のモットーなのだが、今回ばかりはわけが違う。
平和な世界で生まれ育ち、その上彼の性格上、些細な争いごとすらまったくの遠縁。
それ以前に、今この状況にいることすら受け入れられていないのだ。
いきなり現れた王子の魔物退治の依頼を、快く引き受けられる心境では、当然のごとくなかった。

「葵様、葵様のお名前はどのように記すのですか?」

「え?」

 いろいろな事がありすぎてぐちゃぐちゃに混乱している葵に、ラフカディオは唐突に質問を投げ掛けた。
紙とペンを渡され、葵は問いに答えるべく名前を記す。

「こうです。……あ」

そして書き終わった後に、ふと考えた。

(あれ? この世界って日本語書くのかな?)

「ありがとうございますっ!」

そんなことを思考しているうちに、ラフカディオは彼から紙とペンを取り上げた。

「契約、成立ですね!」

にっこりと笑う王子様。
その顔から、日本語で通じるんだとほっと一息入れられたのも束の間。

「? 契約?」

葵は、耳で捕えた単語をおうむ返し。

「はい、サインありがとうございます!」

ペラリとめくると、どうやらそれはカーボン紙のようなものだったらしく。
先ほど書いた名前は、然るべき枠内に綺麗に納まっていた。

「……え?」

悪徳商法にまんまと引っ掛かった葵。
これはどういうことかと更に混乱した彼に、

「万一都合が悪くなりました場合は、各種手続きを終えた上でお申し付けくださいね!」

素敵な笑顔。
王子のくせして、法に触れるようなことをさらりとしくさったラフカディオ。

「え、えええ?!」

気付いたときにはもう遅い。
こうして葵は、ラフカディオの依頼を承ることとなったのであった。


   *


 城の外に出て、気の向く方へ歩きだす。
石畳の街並みに、活気のある街の人々。
見たことのない武器や装飾品や食べ物などが競うように並ぶ、色とりどりの商店街。
右に左に後ろに前に。

「……はあ」

知らないものであふれかえった知らない世界の知らない街並み。
人混みを離れて街の門の外に出た葵は、途方に暮れて小さく息をついた。
力なくしょげた銀髪を、夕暮れ時の風が掬う。

「ゲーム、触らなきゃよかった」

 いつの間にか机に置いてあった不思議なゲームディスク。
そんな不審なものを触ったばっかりに、こんなことになってしまった。
仕方がないとは分かっていても、後悔というものが込み上げる。
あの時、おとなしく麗の宿題の手伝いをしていれば。

「どうした、少年?」

「?」

 もやもやとした気持ちに包まれていたところ、葵は見知らぬ老人に声をかけられた。

「こんな時間にこんなところで黄昏おって、青春じゃのー」

なんと言うか、ノリがウザイ。

「悩み事か少年。どれ、相談にのってしんぜようぞ」

しかし、そんな乱暴な言葉は思い付かなかったらしい葵。
きょとんとしたその表情を見て、黒いフードを目深に被った老人は、無駄に尊大な態度でそう言い放った。

「え、ええと、魔物退治を依頼されてしまいまして」

それに乗っちゃうのが葵である。
老人のご厚意に甘えて、相談に乗ってもらうことにした。

「ほほう、魔物退治とな?」

 聞き返しに頷きつつ、葵は話を進める。

「はい。でも僕、戦ったことなんてないと言うか戦いたくないと言うか」

この世界に来た直後の魔物との一戦は、必死だったために何がなんだか。
たまたま運がよかったから切り抜けられたようなもので、今後それが続くなんて思えない。

「僕、剣なんて使ったことないんです」

背負った諸刃の剣は、ずっしりと重く。
どこからどう見ても凶器にしか見えない代物に、気分が明るくなるわけもなく。

「……この先、どうすればいいのか……」

平穏無事に暮らしてきた自分が、急に恐らく殺すか殺されるかの世界に入らなければならないなんて。

「ふおっふおっふおっ」

 悩める少年の手前で、老人はわざとらしい笑い声をあげた。

「少年は、優しいのじゃな」

腰が曲がったその老人の顔は、やはり黒いフードのせいで見て取れない。
しかし、低いとも高いともとれないその声は柔らかく。

「誰かを殺すために剣を振るうのは確かに忍びない」

まるで、励ますように、奮い立たせるように。

「でもきっと、誰かを守るためなら、迷うことなく戦える」

葵は、真剣に耳を傾ける。

「そうすれば、もとの世界に帰ることもできる」

そんな彼を見て、彼はふっと微笑んだ。

「少年にも、大切な仲間がおるじゃろう?」

「――」

 仲間。
その単語を聞いて、途端に不安が目を覚ます。
そう、あのゲームを手にした時、確か。

「……みんな……?」

自分の部屋に、鈴と悠と、麗がいた。
一度頭に浮かんでしまった不安は、ざわざわと溢れだす。

「僕が、巻き込んだ?」

平和とは程遠い、魔物がひしめく危険な世界に。

「――このまま、ずっとこの世界に居座る気か?」

 そんなこと、絶対にだめだ。
少なくとも、みんなはもとの世界に帰してあげなくちゃ。

「どうしたら、みんなをもとの世界に帰せるんですか?」

 ――だから。
葵は、真剣な表情でまた一つ老人に質問した。

「進まなければ、何も始まらない」

それを受けて、彼はひとつのヒントを渡す。

「少年が今出来ることはなんだ?」

問われれば、真っ先に思い付いたのは先程依頼されたこと。
出来る、出来ないなんて関係ない。
始めなければ、何も変わらない。
そう、ここはゲームの世界。
目の前の壁を乗り越えることで、きっとゴールは見えてくる。

「はい、僕、頑張ります!」

 心の中、何かが変わった葵はしっかりと顔をあげ、

「お話、ありがとうございましたっ!」

心からの感謝を述べたのち、街に向かって走りだす。
まずは、明日からの旅に備えなくては。

「フッフッフッ」

 小さな意志を持った背中が、人混みの中へと消えてゆく。
まだまだ頼りないけれど、きっと彼ならゴールにたどり着く。

「ふぁいとだ少年」

腰を伸ばし、黒いフードを取り払った彼、死神は、

「幸運を祈っているぞ」

ふわりと笑ってみせた後、闇に溶け込むように姿を眩ました。

 夕日が美しい街で、銀髪の旅人はふと立ち止まる。

「あれ? さっきの人、どうして僕が違う世界から来たって知ってたんだろう?」

その疑問に、答えが返ってくることはなく。
結局気がつかなかったけれど、彼に違う形で再開するのは、もう少し先のお話。


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