「これこれ、そこのお嬢ちゃん」
「? えりあ?」
無邪気に公園を走り回っていた少女、エリアは、見知らぬ老婆に不意に声をかけられたため、二つに縛った金髪を揺らしながら振り向いた。
「なんだよ、ばーさん?」
彼女に次いで、一緒に遊んでいた少年、シャーンが、訝しげに何用か尋ねる。
「昔話を聞かんかね?」
すると老婆は、彼らに向けておもむろに語りだした。
「「!」」
水飴を、エサにして。
≫≫≫
昔むかし、あるところに一匹のカエルがいた。
そいつがいたその土地は、雨が降らなくなって久しい小さな小さな村だった。
村人がいくら魔法を使えようとも、その枯れ果てた大地に作物を実らせることは叶わなかった。
――これ以上雨が降らなければ、この村はしまいだ。
ほとんど干上がってしまった水田の水溜まりに、村人の声が聞こえてきた。
それを聞いたそいつは、水溜まりからあがってこう言った。
――もうじき雨は降る。
その数日後、雨は枯れた大地に降り注いだ。
村人はこれを喜び、そいつを神と崇め奉った。
そいつは少しだけ魔法が使えて、少しだけ言葉が分かり、少しだけ未来のことが分かるただのカエルだった。
しかし村人は、その数奇な能力に魅せられた。
天候を操り、豊作をもたらし、村の人々の吉凶を予言する、かのように見えていた。
すべてがそいつの言った通りの結果になった。
――もうじき。
そいつは、ただ夢に見たことを言っているだけだった。
何故未来が見えるのか、それはそいつにも分からなかった。
――もうじき。
だが、そいつは嬉しかった。
人々がそいつを頼りにし、礼の言葉と品を捧げる。
たとえそれが陳腐な文句だろうが食えないものだろうが関係ない。
干上がっていく水田で次々と仲間が死に絶え、ついには一匹になってしまっていたそいつには、皆に囲まれていることが、ただただ嬉しかった。
だから、そいつは自分が見た夢を人々に伝え続けた。
――もうじき、お前は死ぬ。
そう、伝えた。
そいつは、また皆が喜ぶだろうと思った。
今までのように、見たままの事実を伝えたのだから。
――長が亡くなった。
そいつの言う通り、その数日後に村の長は原因不明の死を迎えた。
そいつは、喜んでまた伝えた。
――もうじき、お前も死ぬ。
自身も知らずのうちに手にしていた力のままの事実。
何故かはわからずとも、見えるのだから間違うことはない。
しかし、そいつの言う通りに死んでゆくのを目の当たりにし、人々は次第に恐れを覚えるようになった。
――もうじき、次はお前が。
これでは、まるで死神。
――出ていけ!
村の人々は、手に手に石を取り、勢い良くそれを投げ付けた。
そいつは、驚いて飛び上がった。
――お前など、いなくなれ!
そうして、人々はそいつを洞窟の中に追いやった。
彼らの行動が理解できず、傷を負ったそいつは暗い洞窟の中で鳴き続けた。
しかし、いつまで鳴いても応えが返ってくることは二度となかった。
それからしばらくの歳月が流れ、そいつの記憶が人々のなかで薄れていった頃。
たまたまその洞窟の前を通った村人が、不気味な声を耳にした。
――もうじき、お前たちは我に呪われる。
そのすぐ後、村を大旱魃が襲う。
人々の魔法など、気休めにもならないほどの。
――祟りだ。
その村の最年長であった、かつての記憶を残した最後の一人がそう言った。
それ以来、その村ではそいつの怒りを鎮めるべく、かつてのように崇め奉った。
深々と頭を下げて陳謝し、その詫びに、とびきりの品を捧げて。
≫≫≫
「たぬき!」
「きつね」
「ね……、ねこ!」
「それさっき言っただろ?」
「えー?」
「って、ちょっと聞いてたかえ?!」
目を瞑ってかっこよく語っていた老婆は、話し終わってようやく目の前の二人の様子を把握した。
「ん? 聞いてねー」
彼女の問いに、実にさらっと素直に答えるシャーン。
「シャーン。えりあ、スーパーまり子やりたい!」
スーパーまり子とかいうゲームをやりたいと言い出したエリア。
「いやいやいやちょいちょいちょい」
「おう、じゃあ家まできょうそうな」
「あっ! シャーンずるい!」
「って、お前らちったぁ聞く耳もたんかえええええ!?」
老婆のツッコミも虚しく、二人はパタパタと公園から去っていった。
――そう遠くもない未来に、"とびきりの品"になることと、"そいつの呪い"と戦うことになることなど、知る由もなく。
終