ねば小話 | ナノ

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ィバーランド

二つの世界-前編-

 長い長い旅が終わり、自らを神様と名乗るカエルに支配されていた世界に、彼らは力を合わせて忘却の魔法をかけた。
そして一人は戴冠式を経て国王の座につき、一人は幼なじみと結婚して、一人は残りの一人と結ばれて。
統括する者が消えて居場所を無くした、かつて彼らに敵対していた者たちには、国王によって計画されている国立魔法学校の、教師という役職が与えられた。
 ――それから何事もなかったかのように平和な時が緩やかに流れ、今日もまた地平線へと日が沈む。

「……ふう」

 人知れず世界を変えた旅の仲間のうちの一人、回復魔法に長けたその力を活かして医者になった彼女の名前はエリア。
不幸な事故で両親を亡くし、学生である弟は現在遠い町で一人暮らし。
よって誰もいない家に仕事を終えて帰ってきた彼女は、テーブルにカバンを置いた後、開いたままのカーテンを閉めるために窓辺へと移動した。

「……」

窓の向こうは、おぼろげな明かりで浮かび上がる黒い森。
細く欠けた蒼い月と、無数に散った星が夜空に浮かぶ。

――綺麗だね。

ふと、空を見上げたためか、そんな言葉を思い出す。
褒められた自慢の金髪を撫でながら、安直すぎる自分の思考に嫌気がさす。
 忘却の魔法は、その名の通り、対象とした人物のある指定された事柄に対する記憶を忘却のかなたへ葬り去る、非常に危険で強力な魔法。
対象とした人物は、旅の仲間と分かりあえたかつての敵以外の人々。
指定された事柄は、自称神様の存在を含めた、旅に関することすべて。
つまり、そのほんの数人以外、彼を知る者など、この世界には存在しない。
――それ以前に、彼はもともと、この世界には存在しないのだ。

「……ソラ……」

 カーテンを握ったまま、ぽつりと呟く。
何故あの時、無理矢理にでも引き止めなかったのか。
そんな後悔も、自嘲に消える。
何を考えているのだろうか。
引き止めたところで、自分の想いも伝えられない自分に何が出来るというのか。
第一、元の世界に帰ることを望んだ彼を、こんなちっぽけな私が止められるはずがない。

「……っ」

 いつまでも引きずり続けている自分を断ち切るように、エリアは力任せにカーテンを閉めた。

「レース置いてきぼりよ?」

すると、隣から突然声がした。

「!?」

それに驚いたエリアがパッと顔をそちらに向けると、

「だから、レース。せっかくついてるんだから、使ってやってくださいな」

Y字バランスをしながら、カーテンレースを閉める人物が一人。

「……」

隣人は、

シャッ

「もっちり」

変人。

「って、それを言うなら"ばっちり"でしょ!? って言うかジャンヌ?! って言うかいつからそこにいたのよあなた!?」

カーテンレースを閉めて満足気な彼女、ジャンヌに、エリアは怒濤の三連ツッコミをかました。

「ウチはジャンヌで今しがた床から湧きだした」

「不法侵入?!」

「かてーこと言うなよウチと便所の仲だろ?」

「いや、あなたとトイレがどれだけ親密かなんて知らないわよ!?」

「毎日最低でも一回は会ってるわ」

「いや、そりゃあ、ねぇ?!」

淡々と応えるジャンヌに、なんだか最近ご無沙汰していたツッコミを入れまくるエリア。

「あら、何よ? しけた顔してた割には随分と元気じゃない」

 すると、ジャンヌは疑問符を浮かべて首を傾げた。

「……え?」

次いで、エリアは瞳を丸くする。

「ジャンヌ、私を心配して来てくれたの?」

久しぶりに顔を見せた、旅の仲間に。

「べ、別にアンタの為じゃないんだからねってことはないんだからねっ!」

「ツンデレ?! しかも分かりにくい!!」

突然キャラを変え始めたジャンヌに、再び突っ込むエリア。

「そーよ。今日、泌尿器科に行ったら病院の廊下で生気のないアンタ見かけて」

「よ、よくそんな堂々と言えるわね……って言うかジャンヌ泌尿器科にかかってたの?」

「ただの冷やかしよ」

「あらまぁタチの悪い患者さんだこと」

「まぁちょうどトイレにも行きたかったしね」

「うふふ、何も泌尿器科にかからなくても待合室周辺にたくさんあったと思うわよ?」

自分を心配してくれていたためか、今度は気持ち控えめに突っ込むエリア。

「悩みごとがあるなら、お姉さんが聞いてあげるわよ?」

そんな彼女に、ジャンヌはふんぞり返って尊大に言い放った。

「え? で、でも……」

エリアが口ごもったのは、言いにくいことだったからだけではないだろう。

「……はぁ……このすっとことっこ、ぴょーんのぽんぽんぽーん」

すると、ジャンヌは盛大な溜め息をついた。

「? すっとこどっこいの進化形かしら……?」

エリアは、若干ズレていた。

「しょーがないわね。じゃあ」

もそもそ

『クマンヌちゃんが聞いてあげるよ!』

ジャンヌも若干、ズレていた。

「……、じゃ……ジャンヌ……?」

この展開に、いまいち追い付けないエリア。

『ジャンヌじゃないわ、ワタシはクマンヌ!』

クマの着ぐるみを着た彼女、クマンヌは、声色を使って妙に高い声を発している。

「……。……っふふ、そう分かったわ、クマンヌね。クマンヌ、あのね」

そんな友達想いの優しいクマのぬいぐるみに、相談をするエリアであった。

 *

「なーんだ。そんなこと?」

 クマのぬいぐるみから出たジャンヌは、拍子抜けしたといった具合に溜め息をついた。

「そっ、そんなことってぇ……」

「あーはいはい泣かないの泣かないの。これあげるから」

ぐすっと顔を歪めているエリアに、ジャンヌはクマのぬいぐるみを差し出した。

「ううっ……ていうか、なんでこんなもの持ってるのよぅ?」

「ゲヘヘ、商店街の福引で一等賞を取ったのよ!」

よくぞ聞いてくれましたとばかりに親指を立てて誇らしげに自慢するジャンヌ。

(い、一等賞で……これ?)

相反して、こっちの方こそ期待外れだと拍子抜けしたエリア。

「とにかく、要するにまたあのモヤシに会いたいと」

あんなモヤシの何がいいんだかねぇと鼻に指を入れそうな勢いで聞き返したジャンヌに、

「う、うん……」

いや、シャーンを選んだ方がびっくりよ……? といった気持ちで頷くエリア。
互いに、非常に失礼である。

「そ。分かったわ。じゃ」

それを知ってか知らずか、ジャンヌはひらひらと右手を振りながらエリアの家から出ていった。

「明日の昼に、セイクリッド島まで来るといいわ」

そんな言葉を、はっきりと残しながら。

「……? 明日の、お昼に?」

彼女の言葉に、疑問符を浮かべるエリアであった。

 *

パタン

「どうだったにゃ?」

 家を出るとすぐに、庭に潜んでいたアミュがジャンヌに声をかけた。

「ん。毛玉の証言通りね。流石産婦人科通い」

「にゃ、どろって溶けて楽々安産できる眼鏡とは違うのにゃ」

「はあ?! おまっ、なんて産み方したんだジャンヌ!?」

「あー、なるほどな。便利な魔法使えるなパー子」

次いで姿を現したのは、ジャンヌとアミュ同様、かつての旅の仲間のシャーンとルゥ。

「でも不審に思われなかったにゃ?」

「いやいや、パー子自体が不審者だよ姐御?」

「おやまあ随分と的を得てるわねチビキング」

「認めちゃうのかよって言うか落ち着けルゥ」

チビキングと呼ばれてきーっと怒りだしたルゥをシャーンが取り押さえているうちに、

「おかげでウチまで病院通い設定が出来ちゃったわよ」

「なるほど、それならその時見かけたとか言えるにゃ」

やれやれと溜め息をついたジャンヌに、珍しくまともだと感心するアミュ。
実際はまともな理由になっていなかったのだが、それはこちらに置いといて。

「やっぱりソラソラのことにゃ?」

「……でも、ソラ兄はちきゅーに帰っちゃったんだぜ?」

へにゃんと猫耳と頭を垂れるアミュとルゥ。

「……はあ……」

すると、ジャンヌはあからさまに溜め息をついた。

「……アンタら、バカ?」

そして呆れたように彼らを見据えて、こう言った。

「アンタたち、前にそのちきゅーとやらに行ったことあるんでしょ?」

だったら、またそこを使えばいいじゃない、と。

「……」

「……」

「「……。あ」」

はっとしたのは、ルゥとアミュ。

「え、え、なんの話? て言うか何この疎外感?」

その間置いてきぼりを食らっていたシャーンは、今ここでもまた置いてきぼりを食らっている。

「で、どこからワープしたんよ?」

が、放置。

「え、えーと、確かセイクリッドに乗り込んだ時に」

「うにゃ。あたしたちは急に床をぬかれてまっ逆さまーで、気付いたらソラソラの部屋にいたにゃ」

彼女の質問に、ルゥとアミュは記憶をめぐらせてそう答える。

「そ。セイクリッドは崩落したから、そのワープする場所が一階から上だったらドンマイだけど」

ぐいっ

「おわ?」

そう言って、箒の柄でのの字を書いていたシャーンを引き寄せて、

「地下だったらラッキーね?」

セイクリッド島まで運べ、と無言で合図した。

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