ねば小話 | ナノ

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ィバーランド

昔話-後編-

「セルくんは、やさしいね」

 バースのない人間。
それを聞いて何か考えだした彼を見て、クロレカはにっこり笑ってそう言った。

「……?」

「だって、まりょくがぜんぜんないって分かったのに、どこかに行っちゃわないんだもん」

疑問符を浮かべるルクレツィアと、理由を述べるクロレカ。
――それが、こんな街の外れに一軒だけ彼女の家がある理由。

「わたし、こんなにおしゃべりしたの、はじめてだよ?」

にこにこ笑ったままクロレカが続けると、王都市の表の顔の街から、五時を告げる鐘が鳴り響いた。

「もうさむいし、くらくなってきちゃったね。セルくん、おうちにかえらなきゃ」

そう、心配そうに言った彼女に、

「……。そうだな」

ルクレツィアは静かに立ち上がって、粗末な家の敷居を出た。

ばふっ

「きゃう?!」

――ところで、唐突にマントを投げつけた彼は、

「また来てやる」

そう言って、抜け道の入り口へと帰っていった。

「……!」

寒いと言った自分にマントをくれた彼。

「うん、またねっ!!」

それ以上に、また来てくれると約束してくれた彼を、クロレカは飛びきりの笑顔で見送った。

 *

 それからはというと、セルシオはほとんど毎日遊びに来てくれた。
ときどき、用事があって来れなかった日もあったけれど、それは残念だけれど仕方がない。

「ねえねえ、セルくん」

遊びに来てくれたとき、セルシオはいろいろな物を持ってきてくれた。
ふわふわのパンや甘いお菓子、綺麗な靴に白いワンピース。
白いワンピースは、もったいなくて着られないけれど。
全部が全部嬉しくて、お礼に薬草をたっぷりあげた。
すると、最近ではお礼を言ってくれる彼がまた嬉しくて。

「なんだ?」

 ――水汲みから戻ってきたクロレカは、手伝ってもらうのは申し訳ないと言って、いつものようにお留守番させていたルクレツィアに話し掛けた。

「そう言えば、どうしてディーちくだって、分かったの?」

これまでにいろいろなことを教えてくれた彼に、クロレカがいつもと同じように疑問を投げ掛けた。

「……? どうして、って看板に書いてあっただろう?」

D地区と、ご丁寧に。

「わ、すごい! セルくん、文字がよめるの?!」

水を入れてきたツボを置き、クロレカは尊敬のまなざしをルクレツィアに向けた。

「……。いいか? これがクロの名前だ」

するとすぐに紙とペンを呼び出し、ルクレツィアはそこに彼女の名前を書いた。

「ほえー、へんな形!」

クロレカ=ヴォルグランダムと書かれた紙を見て、初めて自分の名前の形を知るクロレカ。

「ね、セルくんはどんな形なの?」

「俺は、こう」

「わあ! セルくんは、なまえもかっこいいんだね!」

「……なんだそれは?」

「あはは、セルくんがてれてる〜♪」

 そんな会話をしながら文字の勉強を始めたクロレカとルクレツィア。
何日かかけて、ある程度の文字が読めるようになると、

「ねえセルくん、文字の書き方を教えて!」

今度は、書き方のお勉強。

「ペンの持ち方は、こう」

「こう?」

「違う。こうだ」

「こー!」

まずは仲良くペンの持ち方から。

「むう……この字、難しいよう」

「じゃあ、それが今日の宿題だな」

「ええ、セルくんヒドーイ!」

それから紙をたっぷり貰い、ルクレツィアの文字の書き方を見よう見まねで書いて覚えていく。
――そうして、穏やかに日々は過ぎていった。

 *

 勉強中の札を部屋の前に出しておくことで簡単に抜け出せる城から、いつものようにクロレカのところへやってきたルクレツィア。

「……。まだ、寝てるのか?」

最近では文字も書けるようになってきた彼女は、彼から貰ったマントを被って、珍しく眠っていた。

「……」

布団代わりになったマントを見てふっと微笑みながら、ルクレツィアは取り敢えず腰を下ろした。
 だんだんと見慣れてきたこの景色。
ここに来るようになってから、どのくらいの時がたったのだろう。

「……?」

あれ、本当にどれくらいだろう、と疑問を抱くルクレツィア。
彼がここに来て、必ず彼女にお土産を持ってきているのは、彼女を憐れに思って同情しているわけではない。
ここに来るのは、彼女に会いたいと思うから。
お土産を持っていくのは、彼女が喜んでくれるから。

「……」

何故そんな気持ちになるのかは、分からないけれど。

「ん……。あ、セルくん……」

 そんなことを思いながら黙って座っていると、クロレカが目を覚ました。

「て、セルくん?!」

目を覚ますと同時にルクレツィアを見つけ、驚いて飛び起きるクロレカ。

「ど、どうしたの、今日は早いねっ?」

わたわたとマントから出てそれをきちんと畳みながら言う彼女に、

「? いつもと同じ時間だぞ?」

ルクレツィアはさらりと答えた。

「ええ?! そ、そうなのっ?」

わたしが遅いのか! とびっくりしたクロレカ。

「珍しいな?」

いつもは起きてるのに、とルクレツィアが言うと、

「う、うん。昨日は、なかなか眠れなかったからかな?」

クロレカはそう返した。

「……? 眠れなかった?」

よって生まれる新たな疑問。

「あ。うん、あのねあのねっ?」

すると、以前あげた冠の中から、クロレカは一枚の紙を持ち出した。

「?」

「わたし、セルくんにお手紙書いたのっ!」

そして、四つ折りにしたそれをバッとルクレツィアに差し出した。

「? 手紙?」

 いつも直接会っているだろうと疑問符を浮かべながらも、ルクレツィアがクロレカから手紙を受け取ると、

「うん! わたしね、セルくんにお手紙書きたかっ」

「お姫様はっけ〜ん♪」

彼女の言葉を遮って、馬鹿にしたような声が聞こえてきた。

「「――?!」」

振り向くと、そこにいたのは、いつぞやの男たち。

「おお、これはこれは、ナイト様もご一緒でしたか」

「……何しに来た?」

わざとらしい彼らに、立ち上がったルクレツィアが尋ねると、

「いやいや、お客様がどうしてもそちらのお姫様を欲しがっておられまして」

彼の後ろに隠れたクロレカを見て、いやらしく微笑んだ。

「――! い、いやっ!」

その言葉に、彼女は出会った当初のように震えながらルクレツィアのマントにしがみついた。

「……帰れ」

その様子から、売られる直前だったことを知るルクレツィア。
彼は、紫色の瞳で刺すように男たちを睨み付けた。

「そいつは出来ねえ相談だ。こっちにも生活がかかってるからな。……それに」

そんな彼にまったく怯むことなく、むしろ挑発してきた男たち。

「お前、攻撃できねえんだろ?」

彼らはそう言って、

「――!!」

その言葉にルクレツィアが隙を見せた瞬間、風魔法をお見舞いした。

「セルくん?!」

風によって切り裂かれた彼に、思わず声をあげるクロレカ。

「ビビリくんは、引っ込んでろよ」

――気付かれた。

突風を巻き起こされて横に吹っ飛ばされたルクレツィア。
 以前彼が男たちに放った雷は、単なるハッタリと目眩まし。
彼はその年齢に似合わず最大魔法まで使うことができるが、彼が稽古で身につけたそれは、あくまで身を守る為のもの。
しかも、その稽古で魔法を放つ対象は無生物。
それをいきなり生物に、ましてや人間に向けることは、彼らの言う通り――怖い。

「来い」

「いやっ、放して!! セルくんっ!!」

 ――しかし、今は恐がっている場合ではない。

「っ……クロに、触るなっ!!」

大切な人を守る為、ルクレツィアは意を決して立ち上がり、男たちに向けて最大魔法を放った。
 まばゆい雷が細くなって消え失せ、残ったものは砂煙。

「……っ!!」

片膝をついたルクレツィアは、切り裂かれた体の痛みと、

「……効かねえな」

無力な自分に対する悔しさで奥歯を噛み締めた。

「きゃあ!」

「やるなら、殺す気でかかってこいよ」

クロレカを仲間の一人に押し付けた後、そんな彼の銀髪を掴んで顔を上げさせた男は、嘲るようにそう言った。

「兄貴、こいつの家、高く売れそうなもんがいっぱいありますぜ!」

すると、仲間のもう一人が、クロレカの家から冠やらマントやらワンピースやらを持ち出して報告した。

「おお、そいつはいい。全部売り払え」

男の言葉に、仲間は喜んで金目の物をあさり始める。

「だめっ! 返して!! それはわたしがセルくんにもらったんだよ?!」

クロレカの声は、もちろん届かない。

「……。お前、あの女が好きか?」

 彼女の口から出た言葉から、男はルクレツィアに尋ねた。

「なら、お前が買うか?」

「――!」

彼の身なりから、彼が金持ちだと判断して。

「前の客よりも高値だったら、考えてやるぞ?」

そう、いやらしく笑った男を、

「……ふざ、けるな……っ!!」

ルクレツィアは強く睨み付けた。

ドサッ

直後、掴んでいた手を離されて地に伏した彼に、

「弱いくせに、喧嘩売ってんじゃねえよ」

風属性の、最大魔法が炸裂した。

 *

 側近という名の見張りの付いた部屋の中で、ルクレツィアはテーブルに座っていた。
あれから気が付くと城のベッドに横になっていた彼は、当然のごとく城を抜け出していたことがばれてしまい、それから見張りを付けられていた。

「では、失礼いたします」

一人になれるのは、こうして側近が食べ終わった料理の皿を返しに行くときだけ。

「……」

扉が閉まるとルクレツィアは立ち上がり、窓辺に移動した。

「……外」

夕日の眩しい外の世界。
つい最近までは馴れ親しんでいたのに、今や遥かに遠い世界。

"セルくん、だいすき!"

「……っ」

そこにいたクロレカからの短い手紙。
幼い恋心を伝える為に、一生懸命覚えた文字。
緊張して、夜もなかなか寝付けなくしたその一言。
嬉しいはずの彼女の言葉に、彼は彼の無力さを嫌というほど思い知らされる。

『――君が欲しいものは』

 ――自由と大切な人を同時に失った、そんな失意の底に沈んだ彼のもとに、

『"力"と"殺意"と――"自由"だま』

サンタが、現れた。

≫≫≫

「サンタ?」

「昔いた超悪者の呼び名」

 疑問符を浮かべたミントに、ルゥはさらりと補足した後で、

「そいつに移し身の呪いをかけられてオレが生まれて、セルシオはセルシオになったんだ。で、オレにあいつの雷の魔力を移されたから、あいつはサンタから闇のバースを直接心臓に突っ込まれて。自由と力を得たあいつは無事クロレカを助けて、クロレカも地のバースを貰いましたとさ、ちゃんちゃん」

だーっと話を締め括った。

「まあ、セルシオってサンタが名付けたって言ってたから、もともとサンタが仕組んだことだったのかもしれないけどな」

机の椅子に座ってクルクル回りながら言うルゥに、

「……なんか、悲しいですね」

ベッドに座っているミントがそう言った。

「そか? セルシオはクロレカと一緒になれたし、オレはソラ兄とかエリ姉とか姐御とかシャーンとかパー子とか、ミントに会えたから別にいいと思うけどな」

そんな彼に、ルゥはニィッと明るく笑ってみせた。

「いえ、そっちじゃなくて」

ので、ミントは首を横に振り、彼の後ろを指差して、

「なるほど。王子の部屋から抜け出してたんですね、ルクレツィア様?」

彼の側近、フィーナの存在を知らせた。

「え」

「もう会えなくなっちゃうんですね、ルゥ様?」

「ええええええええ?!」

――フィーナに引きずられて城へ帰っていくルゥを見送りながら、

「強いなぁ、ルゥ様……」

前向きに生きる彼の強さに、感心するミントであった。

「罰として今日は牛乳二本です」

「ええええええええ!?」

胃腸は弱いが。

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