鞘から引き抜いた剣を指差して、目線をこちらによこした彼は小首を傾げてこう言った。
「これ、どうやって使うの?」
*
衝撃の一言に衝撃を受けていたところに魔物の衝撃的な一撃がヒットし衝撃的に吹っ飛ばされた彼らは、草木の茂みがクッションとなり比較的無事に着地することが出来た。
「帯剣しておいて使い方知らないとかお前……えーと?」
「あ。僕は桐崎空。君は?」
「キリサ……? ……ソラ、か。俺はシャーン=ブライトだ。初めまして」
「うん、よろしく〜」
「じゃ、なくて! お前帯剣しておいて剣が使えないってどういうことだよソラ!?」
「いや、普通使い方知らないでしょシャーン?」
そのためか、さっさと起き上がり会話を始めた二人。
どうやらソラが剣を使えなかったことに甚だ納得がいかなかったご様子のシャーンは、
「取り敢えず切りまくるんだよ!」
たぶん、と付け足して、剣士を完全になめ切っている指導をしてみせた。
しかし、指導された側にももちろん剣術の心得があるわけでもないため、そんなもんなのかとすんなり納得してしまったようだ。
*
「エリアを助けてくれ!」
「? えりあ?」
「俺の――、お、幼馴染だ」
それからすっかりと打ち解けたところ、思い出したように幼馴染の救出を懇願されたソラ。
「このままじゃ魔物に殺されちまうんだ」
真剣なまなざしから、彼が冗談を言っているのではない上に切羽詰まっていることも伝わってきた。
幼馴染が殺されてしまう。
非日常な急展開に、普段のゆるい思考が麻痺してしまうソラ。
そんな中でも、唯一明確に分かることがあった。
「随分と心もとない人選をなさいましたね?」
「うん、俺もさっきそう思った」
神妙な面持ちで発言してみたところ、神妙な面持ちで頷かれた。
実際、先ほど剣も魔法も使ったことが無いという衝撃の事実を確認済みだ。
どう考えても人選ミスだが、町の人間は協力してくれないし、他の新たな協力者を探している時間は無いこともまた事実。
シャーンは素人目に見てではあるが、適当に振りまくったソラの剣の腕から、わずかばかりの希望にすがりついた。
「でも、俺だけじゃたぶん倒せないんだ」
悔しいけれども確固たる事実。
拳をきつく握り締めてうなだれる彼を見て、本日初対面ながらも心を動かされたソラ。
そうだ、困った人を助けるのはきっと道徳的に正解だ。
そこで同時に湧き上がる疑問。
「あれ? でもその「魔物」を倒すことは道徳的なの?」
「は?」
魔物とやらは先ほど見た狸っぽい見た目をした気性の荒いバケモノの類のものなんだろうが、つまりは生き物なのではないかと。
――魔物という存在自体を知らなかったから、今まで何かを意識的に殺してきたこともなかったんだろうな。いや俺も人のこと言えたもんじゃないけど。
そう思ったシャーンは、だがしかしと考える。
今まで魔物は悪い奴であり、退治するのが当然だと思って生きてきたし、ソラに疑問を投げかけられたところでその考えはまったく変化しない。
が、どんな命も平等で大切なんだよ! と誰にともなく教わったし、自分でもそう思う。
この矛盾はなんだろう。
「……、そうだな。命は平等で大切なはずだ。でもたとえば」
ちょっと考え込んでみた後で、シャーンは考えをまとめるように言葉を紡いだ。
「人は殺したくないよな?」
「そ、そうだね?」
「豚とか食べるけど人によっちゃ豚が可哀想とか思う奴もいるよな?」
「そ、そうだね……」
「でも蚊とか蝿とか黒くてカサカサ動く例の虫とかを殺すのに躊躇いを覚えることはないよな?」
「速効だね」
「雑草は引っこ抜くし、殺菌消毒とか無意識だよな?」
「ホントにね」
つまりは、
「これのどこが平等なんだ?」
「自分勝手だね」
人間は何様なのかと。
「理由なんて屁理屈こねくりまわせばいくらでもつけられるんだろうけど、それも結局は人間の自分勝手な言い分だろ? だから、やられる前にやるってのは生き物として当然な感じで。しょせんは弱肉強食の世の中なんでないかと思うのですよ俺は」
「なるほどね」
久しぶりに頭を使ったのか疲れたように、しかし清々しく額の汗をぬぐったシャーン。
「とすると、エリアさんとやらがその魔物より弱かったら殺されるのは当然になっちゃうけど」
「それはダメ!」
きっぱりくっきり言いきった彼を見て、ソラは思わず噴き出した。
きっとそのエリアさんとやらは、シャーンにとって、命の重さの平等を覆すほどの。
「大切な人なんだね」
ほんのりと顔が赤くなったようにみえた彼に、なんとなく力添えしたいと思えたソラ。
出会って間もないけれども困っている友達は助けたいと思うし、その友達の大切な人を見殺しにするなんてことも人間的にどうなのかと。
道徳的に彼らの導きだした考え方が正しいのかどうかなんて分からないけれど、自分に出来ることと自分のしたいことを考える。
少なくとも、その弱肉強食の掟に従うのであれば、もっと強くならなくては。